「爆豪…お前、いま何してた…」
「別に。なんもしてねーわ。」
『わ…ッ!』
ゆらゆら、メラメラ。
そんな言葉が頭の中で浮かぶ。
轟さんの左のお顔から…炎が揺らめいていたらだ。
(顔…火!?)
彼の個性なんだろうか。
そう、漠然とした疑問が浮かぶ中、私はゆっくりとこちらへ歩を進ませる彼が苦渋を噛むような表情を浮かべているのを見つけてしまって。
(なんでこんなに怒ってるの…?)
私はその表情を見て、あの日の夜の事をうっすらと思い出していた。
(あの時より、怖い…)
『と、轟さん落ち着いて…!』
「お前…こいつに手は出すなっつったよな…?」
「テメ何勘違いしてやがる。そんなひょろい女に手なんざ出してねぇーよ」
「なんだと」
「あ゛?」
売り言葉に買い言葉。
なにやら不穏な空気を醸す轟さんの激昂が、爆豪さんにも伝染して。
その場は一触即発の空気に包まれた。
私はと言うとそんな二人を見ているだけしか出来なくて。
(と、とりあえずこの場をなだめないと…!!)
『と、轟さん聞いて…!』
「放せ園生、お前には関係ない。」
『………………え』
ぱしん、と腕を軽く払いのけられる。
(関係、ない……?)
大好きな人からの、拒絶の言葉。
その言葉に…その、声の怒気に、私は一瞬鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けて。
力を無くし、その場にへたりと座り込む。
そんな私の横をすり抜けて、轟さんは真っすぐ爆豪さんの元へと歩んでいった。
(とどろき、さん……!!)
私にとってはそれが…それがとても寂しくて。
轟さんがどこかへ行ってしまうような気さえしてしまって。
(そんな…)
(行かないで…)
(私のこと…置いてかないで…!)
『ーーー轟くん!!』
「!?」
瞬間。私は走り出していた。
大好きな人の名前を呼んで、自分より広いその背中に抱き着く。
とん、と背中に小さく走る衝撃。
それに驚いた轟さんが、こちらを振り返った。
「園生?」
それでも私はその目を無視して抱き着き続けた。
爆豪さんと喧嘩して欲しくなくて…ううん、それもあるけれど、彼にどこにも行ってほしくなくて。
きゅう、と力いっぱい彼を抱きしめた。
どこにも行かないように。
『ーーーないで…っ』
「え?」
『け、喧嘩…しないでっ』
私の顔を見て、轟さんがピタリと動きを止める。
違う。
本当はもっと別のことを言いたいのに。
私は臆病だから、"どこかに行かないで"なんて言えなくて。
「園生、でもコイツは…」
「爆豪さんは!…爆豪さんは…私の…」
「お前の?」
なんだ、とまた炎が揺らめく。
そのひどく切なげな声に、私も焦ってしまって。
(どうすれば…どうすればいいんだろう…!!)
頭がまとまらない。私はパニックになる頭の中で必死に考えた。
(轟さんと…爆豪さんが喧嘩しない方法…!)
「爆豪さんは…」
「爆豪さんは…」
「私のお料理の師匠なんです!!!」
「「は?」」
私の答えに素っ頓狂な声が二つ。
轟さんは炎を鎮め、いつもの表情に戻りぱちぱちと瞬きをしていて。
問題は爆豪さんだった。
ずんずんと私と距離を詰めて轟さんに聞こえないよう背中で壁を作り私に抗議をいれる。
「(テッッッメ!!!なにホラ吹いてーー)」
『(この間お茶漬け作ってくれたじゃないですか!)』
「(なっ!)」
『(それに、嘘も方便ってやつです!)』
今それを言うのか、と言いたげな彼にこっそりと"こう言えばきっと轟さん分かってくれますよ"とひそひそ声で告げる。
(…なんだか、嘘ついたみたいになっちゃったけど…これでいいんだよね。)
爆豪さんはただのお隣さんじゃない。
私が落ち込んでる時や泣いている時、いつも励ましてくれた大切な人だ。
けれどここでそんな風に"大事な人です!"なんて、誤解を与えそうな台詞はなんとなく轟さんに言いたくなくて。
私は苦し紛れにそんな言葉を放ってしまったのだった。
それにこうでも言わないと轟さんの怒りが落ち着きそうにもなかったから。
嘘を、ついてしまった。
『…………、』
罪悪感で胸がキュ、っと切なくなる。
私はまるででどくり、と心臓が何かに呑まれたような錯覚を覚えた。
「爆豪…お前そうだったのか」
『爆豪さんお料理とっても上手なんですよ!ね!ね!?』
「お、おう…」
私の気迫に負けた爆豪さんが、そう返事をして轟さんの炎は本格的に治まった。
「悪ぃ、なんか…抑えられなかった。」
先程までの激昂はどこへいったのか。
轟さんはぽつりぽつりと言葉を残して自分のお部屋の前まで戻る。
『あっ、轟さん!』
「悪い、今夜のことは忘れてくれ…」
そう言って轟さんは顔を暗くさせたまま自分のお部屋に戻っていった。
(ーーー轟さん)
どうしてあんなに怒ったんだろう。
私は爆豪さんと話していただけなのに。
(よっぽど疲れていたのかな…それともーー)
私はとくとくと揺らぐ心臓をきゅ、と服越しに抑えた。
(轟さんのこころが知りたいよ…)
私は轟さんの何とも言えない横顔を見て、その場から一歩も動けなかった。