『おまたせしました…!』
「いや、そんなに待ってねぇ」
『お忙しい中本当にありがとうございます』
「気にすんな。」
薄いオレンジ色に町が包まれる夕方。
バイトが終わって、裏口に出ると轟さんが待っていてくれていた。
ぱたぱたと彼の元へと駆け寄ると、轟さんは少しだけ口角を上げて残念そうな声を漏らす。
「いつもこの時間だといいな。」
『んー…それはちょっと難しいかもしれないです…。』
今日は休日で早番だったから結構早く帰れたのであって、いつもこの時間に終わる訳ではない。
平日のバイトの時は十時を回らないと帰れないから、多分轟さんはそのことを心配しているんだと思う。
「明日は十時半だったな。」
『はい、…あの、本当にいいんですか…お迎えなんてお願いしちゃって…轟さんだって忙しいのに…』
「俺が来たいから言ってるんだ。遠慮しなくていい。」
『…っ、』
轟さんの声にとくり、と心臓が跳ねる。
それと同時に私はきゅっと目を瞑りながら頭をブンブンと力強く振った。
(やだやだ、私、勘違いしちゃ駄目…!)
轟さんはヒーローだから私のことを心配してくれるのであって。私個人に何かある訳ではないんだから。
私は戒めるように自分に言い聞かせた。
「どうかしたのか?」
『いえ、なんでも…!!』
挙動不審な私を覗き込む轟さんと、それを見て慌てて誤魔化す私。
(轟さんはやっぱり優しいな…。)
でも、こんなに親し気にして貰ってるけど、彼にとっての"私"ってなんなんだろう…。
(そんなの決まってるじゃない、ただの…ただのお隣さんだよ…。)
不意に聞こえてきた自分の心の声に、心が痛む。
ちら、と視線を泳がせればオレンジ色のカーブミラーに私たちの姿が映っているのが見えた。
(兄妹には…見えない、よね…)
傍から見てカップルに見えてたりしないかな、なんて。
そんな夢のようなことを考えてしまう。
私ってば不純だ。…というか駄目駄目だ。
轟さんが隣にいるだけでどきどきして、期待して、落ち着かない。
恋って大変だ。
そんな簡単な感想が浮かぶ。
「…この間は悪かった。」
『えっ…?』
「怖かっただろ、顔から火ィ出てて。」
『あ、あー……』
そうだった。
爆豪さんと轟さんが喧嘩(?)をしそうになったあの時。
轟さんは個性を発現させて爆豪さんに詰め寄ろうとしていたのだ。
(あの時の轟さん、ちょっとだけ怖かったかも…)
怒っている様子も、だけど…。
なんとなく、どこかへ行ってしまいそうな、不安定さみたいなものも感じてしまって。
それで私は思わず彼に抱き着いてしまったのだ。
……………今思い出しただけでも恥ずかしい。
『ーーーあ、あの…あの時は抱き着いちゃったりして…本当にすみませんでした!!』
「いや、いい。」
『そう、ですか……』
(轟さんはあの時の事なんにも気にしてない、のかな…)
それはそれでよかったような、なんだか寂しいような。
私は少しだけ視線を逸らして、やりようのない気持ちをため息にしてこぼした。
「ただ…」
『?』
「少し嬉しかった……。」
『………っ!』
(心臓に悪い…!ほんっとーに心臓に悪い…!!)
轟さんが不意に見せた優しそうな顔に、どくん、と胸が大きく跳ねる。
まるで心臓をにぎにぎと手で掴まれているような感覚がいたたまれない。
私はとくとくと落ち着かない心臓を押さえつけながら轟さんの方をちらりと見た。
(ずっと…。)
(ずっと、こんな風に続けばいいのに…。)
二人並んで、アスファルトを踏みしめて。なんでもない会話をしながら時々笑ったりなんかして。
(ずっと、ずっと…こんな風に…。)
私はそんなことを思いながら夕方の空をゆっくりと見上げた。
ーーーそんな様子を誰かが見つめているとも知らないで。