天気の良い土曜日のお昼。
私はもう一人のお隣さんである爆豪さんのお家にお邪魔していた。
『先生!よろしくお願いします!』
「ん」
エプロンを身を纏い、腰を90度に曲げて元気よくそう言えば。
彼はエプロンの紐を腰に括りながら若干面倒そうに返事を返してくれた。
(まさか本当にお料理の師匠をしてくれるとは…)
そう。
あの日。
轟さんに対して苦し紛れに爆豪さんを"お料理の先生だ"と嘘をついてしまったあの日。
轟さんがお部屋に帰った後、「これはどういうことだ」と彼の怒りを買ってしまった訳だけど、
その後何故か"飯の作り方教えてやる"なんて言ってくれて。
それから暫く経って、「私からお願いしたほうがいいのかな…」なんて思っていた今日この頃。
彼が突然"今からエプロン持って家へ来い"と直接家へ来てくれたのだ。
"えっ今からですか。"
"ったりめーだわ。こちとら時間あんまねぇんだ。ヒーロー舐めんな"
時間がないならわざわざ先生なんてしてくれなくてもいいのに…。
そうは思ったものの暇だったし、特に断る理由もなかったので私はそれに二つ返事で了解した。
……こうして私は今、爆豪さんの家のキッチンにお邪魔している。
『ーーー先生、今日は何を作るんですか。』
「見て分かんねぇのか」
『お芋に…玉ねぎ…ベーコン……んー…ジャーマンポテトとか!』
「…正解だわクソが」
『わー!私ジャーマンポテト好きです!』
ふざけて先生、と呼んでみても彼は真顔のまま。
でも、文句を言わないってことはまんざらでもないのかな…?
素直じゃないなぁ、なんて思いながら私は手を洗うことにした。
すると珍しく爆豪さんの方から「オイ」と声をかけられる。
「お前あの舐めプの家にどれくらい飯作りに行ってんだ」
『え?うーん…バイト以外の日はほぼ毎日、ですかねぇ…』
「あ゛!?テメ食費とかどうしてんだよ。」
『そ、そこはきっちり折半してます!』
大丈夫!と言わんばかりに親指を立てる。
すると彼は納得したのかしてないのか「ケッ」と声を漏らし、苛立ち交じりにお芋を洗い始めた。
なんだか気にするところがお母さんみたい。
私は実家にいる母のことを思い出しながら、ばれないようにくすくすと一人笑みをこぼした。
「ーーーそういやお前知ってるか。」
『何がですか?』
「最近ここらで女子大生を狙ったストーカー事件が多発している。」
『!!』
(ストー、カー…)
瞬間。
私は持っていた玉ねぎを床にゴロゴロと落としてしまった。
あの日のことがフラッシュバックしてしまって。
あの日の恐怖が一瞬私の身体をぞわりと包んで、動けなくなってしまった。
そんな私の様子を見た爆豪さんの顔つきが変わる。
「ーーーお前、何か知ってるんじゃ」
『友達が!…この間、変な人に追いかけられたって…。』
(やだ、私何言ってるんだろ…)
つい、友達の話にしてしまった…。
でも、やっぱりそういう事件起きてるんだ…。
(私のことを追いかけたのも、その犯人なのかな…。)
「場所は」
『…うちの近くでです。』
「…そうか。」
さっきまで楽しかったはずなのに、爆豪さんの真剣な声によって嫌な予感と不安で胸がいっぱいになる。
私はそれを悟られないよう必死に作り笑顔を浮かべてこう言った。
『で、でもそれ、その子の元カレだったみたいで…今ではまた仲良くしているんで大丈夫ですよ』
そう言ってにこり、と微笑めば訝しげな顔をする爆豪さん。
この顔は知っている。疑っている時の顔だ。
私はこれ以上追及されないように嫌な空気を吹き飛ばす勢いで声を張った。
『さ!美味しいジャーマンポテト作りましょう?私お腹減ってきちゃいました!』
「…いま昼過ぎたばっかだろうが。」
お芋を二つ、両手で持ってそう言えば爆豪さんが静かな声でツッコミを入れる。
「そうでした、」なんて言いながら頭を掻く私の頭はあのストーカーの事でいっぱいだった。
(きっと、私がそのストーカー男に追われたことを知ったら爆豪さんすごく心配してくれると思う。)
(今だって轟さんに甘えてばっかりいるし、いつまでもこんなのが続くんだろう…。)
私はもやもやとした気持ちを断ち切るようにざくりとじゃが芋に包丁を入れた。