「悪ぃ…助けてくれ。」
『ど、どうしたんですか轟さん!』
日曜日のお昼時。
何食べようかななんて独りごちて、冷蔵庫を漁っていたら聞こえてきたチャイムの音。
返事をして玄関を開けた先にはどこか虚ろな瞳で私を見下ろす轟さんがいた。
一体何が…。
『……も、もしかしてGですか?』
「"ジー"?」
SOSの内容が"アレ"の討伐だったら私も対処出来ない。
前もって言わないと、と思って聞いてみたんだけどどうやらそうではないようだ。
というか轟さんは"G"と言われてもピンと来ていないみたい。
「実は…、…やっぱ駄目だ。」
『轟さん?』
肝心なところで言いよどむ轟さん。
その態度に自然とこちらにも緊張が走る。
あの冷静沈着そうな轟さんが…。そんなにまずいことなのかな。
「実は…」
『実は…?』
「蕎麦が…、食いてぇんだ。」
『……………………お蕎麦?』
ぱちぱちと瞬きをして轟さんを凝視する。
神妙な面持ちで「助けてくれ」なんて言うから何事かと思ったけど、出てきた言葉は食品の名前。
えっ"お蕎麦が食べたい"…?
「買って来た蕎麦を茹でてもなんかうまく作れねぇ…お前作ってくれないか?」
『ええー…』
思わず力が抜ける。
こんなに切迫した顔をしているんだし、馬鹿にしてはいけないと分かってはいるんだけど。
…というか蕎麦を上手く作れないっていうのは一体…。
「駄目か?」
『駄目じゃないですよ。』
心配そうにこちらを見つめる轟さん。
そう返事をすればぱっと顔が明るくなる(私の気のせいかもしれないけれど)。
なんだか周りにお花でも舞っていそうな…。
『あ、でも美味しく出来なかったらごめんなさい…』
「大丈夫だ、お前のはきっと美味い。」
不意打ちの微笑みに大きく高鳴る正直な心臓。
本当…この人は自分がイケメンだという自覚をきちんと持っていらっしゃるのだろうか。恐ろしい。
話しているだけで心臓がもたない。
とくとくと脈打つ胸を押さえて私は視線を逸らした。寿命が縮んでしまいそうだ。
お恥ずかしながら男性に免疫が全く無い私は、男の人と話すというだけでもだいぶ緊張してしまう。
そんな私に余裕なんてあるはずはなくて。
だからこそ、私は予期していなかったのだ。
次に恐ろしい言葉を轟さんから投げかけられるなんてことは。
「飯がまだならお前も来ないか?」
『………………へ?』
力無い私の声と同時に情けない空腹の音が玄関に響いた。
***
『どうでしょう…』
「美味ぇ…」
所変わって轟さんのお部屋。
間取りは私の部屋と左右対称なだけでほぼ同じみたい。(きちんと見た訳じゃないから何とも言えないけど。)
部屋の中央に位置するローテーブル越しに轟さんをこっそりと観察させていただく。
漆を塗られた上品な小鉢を左手に持ち、男らしくお蕎麦を啜る轟さん。
やっぱり格好いいよなあ…。
なんてぼんやりとそんなことを思っていたら「お前も食えよ」と促され、私もご馳走になる。
「お前天才だな…めちゃくちゃ美味ぇ」
『そ、そうですか?』
普通にお蕎麦のパッケージ裏に載っていた通りに作っただけなんだけど。
そんなことを言えば轟さんを傷つけかねないので黙っておくことにした。
それにしても上手く出来たみたいでよかった。
『お蕎麦、お好きなんですね。』
「ああ。好きだ、蕎麦。」
緩むことのない箸のスピードに呆然としながらそう尋ねれば、彼らしい端的な答えが返ってきた。
「お前は何が好きなんだ?」
『私ですか?うーんそうですね…麺だったらおうどんが好きですかね。』
お蕎麦も美味しいですけど、と付け加えると「だよな」と相槌を打つ轟さん。
本当にお蕎麦が好きなんだなぁ。
刻み海苔だけじゃなくて別に何か用意してあげればよかったかも…。
『薬味とか用意すればよかったですね、とろろとか、生姜汁とか…。』
「あぁいいな、それ。今度頼む。」
『えっ』
それは…それは、またご飯を作りに来いってこと?
轟さんの思いがけない言葉に、私はまたじわじわと顔に熱が集まるのを感じた。
………………
「?もっと食えよ。美味いのに。」
『い、いただきまふっ!』