珍事件はスーパーにて

大学からの帰り、私は家から近いスーパーへ来ていた。

朝冷蔵庫見たら何も入ってなかったんだよね。

カップ麺とか簡単に済ませるのもアリかもしれないけれど、最初のうちは自炊頑張りたいし!

ものぐさな私だけど料理をするのは結構好きだ。

食材を切るのとか、お鍋がことこと煮える音とか。そういう風景を想像するだけで楽しい気分になるから不思議。

…まぁ簡単なものしか作れないんだけど。



『今晩何にしようかなぁ』

ちょっと寒いしポトフとかいいかも。

必要な材料を多めに買って、カレーとかシチュー用にカットして冷凍保存するのもいいな。

いちいち買い物に来るのも面倒だしね。買い溜めしよう!



『人参、じゃが芋、玉ねぎに…キャベツも買っておけば大丈夫かな。あ、あとお肉も必要か。』

値下げしているものを中心に必要な材料をぽいぽいとカゴの中に入れていく。

まだバイトもしていないしなるべく節約しなくちゃね。見切れ品大歓迎です。



『あとはー…』
「園生?」
『えっ…轟さん?』

うんうんと呟きながら歩いていたら聞こえてきた声。

聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれ、慌てて振り返る。

するとそこにはやっぱりお隣さんの轟さんがいたのだ。

『もしかして轟さんも学校帰りですか?』
「………まぁそんなところだ。」

変な間はあったけど、どうやらそうらしい。

フイと目を逸らしてしまった轟さんに少し悲しい気持ちになりつつ私も視線を下に向けた。

あんまり触れちゃいけないことだったかも。

嫌な思いさせちゃったのかな、と小さく反省しつつ違う話題を振ろうとあれこれ考えていたら突っ込まざるを得ない光景が目に入ってしまった。



『ちょ、轟さん!お蕎麦しか買ってないじゃないですか!』
「?蕎麦は美味ぇ。」
『そりゃ美味しいですけど!』

カゴいっぱいに入れられたお蕎麦の袋。

二つ三つなんてものじゃない。軽く十袋はあるんじゃないだろうか。

「何か変か?」と不思議そうな顔をした轟さんに言葉を失う。

この人もしかして三食お蕎麦なんじゃないだろうか…。



『と、轟さんちゃんとご飯食べていますか?』
「あぁ。」
『今日の朝とお昼は何を食べたんですか?』
「今朝は急いでて食ってねぇな…あぁ。そう言えば昼も携帯ゼリー食っただけだ」
『食べてないじゃないですか!』

悪びれもせずに淡々と答える轟さん。

育ち盛り(じゃないかもしれないけど)の男の子がそんな食生活してたら駄目ですよ!

『ちゃんとしたもの食べないと…。』
「お前が作った蕎麦…あれ美味かった。」
『全然反省してないっ!』

これは本格的にまずい。

そりゃ、頼まれればいくらでもお蕎麦は作ってあげるけど、三食お蕎麦が流石に駄目でしょ。

きちんとしたものを食べなきゃって言っているのに本人はどこ吹く風だ。

「お前は色々買うんだな。」
『多分これが普通の買い物ですよ…。』

そのカゴの中身が異常すぎるのだとオブラートに包んで伝えれば「そういうもんなのか…」としょんぼりする轟さん。

うっ…なんだか罪悪感が…。

「俺飯作れねぇし、正直あんまりゆっくり作っている時間もない。」
『えっそうなんですか?』

どこかしょんぼりとしたまま自分のことを話す轟さんに、少し驚いてしまった。

作れない、って話はこの間の件で薄々感じ取っていたけど(この言い方もちょっとひどいかもしれないけれど。)、ご飯を作っている時間がないだなんて。

同い年くらいなのに大変そう。

そう思ったらなんだか目の前にいる轟さんがとても可哀想に思えてしまって。



『ー…今晩、うちポトフなんですけど食べます?』
「!いいのか?」

私がした突然の提案に、轟さんは少しだけ目を見開いて反応する。

今日一日、まともなご飯食べてないみたいだし。話を聞くに轟さんすごい大変そうなんだもの…。

「嬉しい」とストレートに感情を表現する轟さんに慌てて「美味しく無かったら突き返して下さい!」と言えば「お前が作るものに不味いものは多分ねぇよ」と大真面目な顔で返される。

とてつもなく信頼されてしまったな…。

どうしてお蕎麦ひとつでそんなに信用してくれるんだと疑問に思っていたところで轟さんが妙に落ち着き払った声で「なぁ」と声をかけてきた。



「―…俺の為に毎日飯を作ってくれないか。」

スーパーの。野菜売り場のど真ん中。

もう一度言います。スーパーの。野菜売り場のど真ん中。

凛とした声はそんなに大きいものではなかったはずなのに周囲にバッチリと聞かれてしまったらしい。

周りにいたたくさんの主婦の方々が"あら〜"やら"まぁ!"やら色めいた歓声を挙げていらっしゃる。

私は、一周回って妙にクリアになってしまった頭の中でこう思いました。



"あ、この人天然なんだな。"と。


………………

「で、ポトフってなんだ。」