憂い

(………なんでこんなトコ来てんだ、俺。)



薬品の匂いが立ち込める病院内。

爆豪勝己はズボンのポケットに片手を入れながら、苛々とした様子で院内を進んでいた。

一歩一歩、目的の場所に近づけば近づくほど 彼の眉間の皺は深いものになっていく。

胃がムカムカするような、それでいてどこかやるせなさを感じてしまうような。

そんな感情に振り回される。

しかし"戻ろう"と言う選択肢は彼の中にはなかった。

彼にはある一人の女性に会うという目的があったのだ。






(園生咲子。)

(俺の家の隣に住む女。)

(成り行きでメシ作りを教えることになった女。)

(ただそれだけだ。)



ーーーそれだけの、はずだ。



以前から自分の身に感じている胸の違和感の正体。それがいったい"何"であるか。

爆豪はそれを確かめるために咲子に再度会いに来たのだった。



(確かめるだけだ。あの女に会って。)



この胸の内で燻る苛つきの、虚しさの正体を。

そう爆豪は自分に説き伏せてカツカツと歩を進めていく。

「チッ…」

出来ることなら薬品臭い病院に長居はしたくない。

爆豪はさらに足を速めた。



***



コンコン、



面倒臭そうに爆豪がノックをすれば「はーい」という呑気な声が返ってくる。

その声を合図にガラガラと扉を開ければ少し驚いた表情をした咲子と目が合った。

瞬間、爆豪の心臓がとくりと脈打つ。



『ーーーあれ、何しに来たんですか?爆豪さん。』

「テッメ 見舞いに来た奴に向かってンだその態度は」

『えっ今度はちゃんとしたお見舞い…?というか爆豪さんこそなんですかその態度は…』



"こっちは一応怪我人なんですけど…。"

そう言う咲子は言葉こそ迷惑そうだったが、どこか嬉しそうに爆豪を見つめる。

爆豪はそんな咲子の様子を見て居心地の悪さを感じていた。



(………まただ。)


咲子を見ると、咲子の声を聞くと、どうしてもやるせなく無性に腹が立って。

しかしそれを本人に本気でぶつけたいかと聞かれれば答えは否だ。

咲子には何故かどうしても本気で怒りをぶつけることができない。






"ーーーお前もアイツの事、好きなのか?"






(なんでこんな時に、舐めプの声なんか思い出すんだ。)

(なんなんだよ、コイツも、アイツも…)

(なんで、コイツといると俺は…俺は…!!)






ーーーーさー、

ーーーうさー、

ばーーうさー、



『爆豪さんっ』


「……………………は?」


しん、と静まり返った病室内の空気が重い。

咲子のいつにない張り詰めた声により、急激に意識が現実へと戻った。

爆豪が静かに目線を咲子にやれば神妙な面持ちで「大丈夫ですか…?」と尋ねられる。

どうやら自分は咲子の声に気がつかなかったようだ。



『爆豪さん聞いてました…?』

「なんだよ」

『あっやっぱり聞いてなかったんですね。』



もう、と頬を膨らませる咲子。

しかし次の瞬間には重苦しい空気を晴らすように「そうだ!この間轟くんがね、」と上機嫌にしゃべりだした。



(………轟"くん"?)



やり取りの中で生まれた一瞬の違和感。

爆豪は、はたと動きを止め園生に悟られないよう息を呑んだ。



『ーーーそれで、今度抹茶パフェを一緒に食べよう、ってことになったんです!明日も来てくれるそうなんで楽しみです!』

「……アイツ、毎日ここ通ってんのか」

『うーん…毎日、じゃないですけど二日に一回くらいのペースで来てくれますよ。』



"心配性ですよね。"

そう言って困ったように笑う咲子の頬は朱に染まっていて。

それを見た爆豪は心がゆっくりと冷えていくのを感じた。



(ンだこれ…)

どろどろと何かどす黒いものが胸の内にはいつくばっている感覚。

呼吸は自分でも意識せざるを得ない程に徐々に乱れ、荒く繰り返される。

目前の咲子は未だに轟のことを思い出しているのか楽しそうに微笑んでいた。

(なんなんだよ、お前…。)

そんな漠然とした問は爆豪の胸の内に消えていった。





『あー…早く明日が来ないかなー!病院って毎日暇で暇で…』

「……………舐めプじゃなくて悪かったな」

『えっ?』

「オメーの好きな"轟焦凍"じゃなくて悪かったなっつってんだ」

(何言ってんだ…俺)






…胸に絡まって拭えなかった苛立ちとやるせなさが、静かに"怒り"へと姿を変える。

爆豪の雰囲気が違う事に気がついた咲子は静かに彼の名を呼んだ。



『ば、爆豪、さ…?』



口の中を滑るように淡々と出てくる咲子への文句はひどく子供じみたもので。

轟のことを妬むような、嫉むような。羨むような台詞を吐いてしまった。

オールマイトのことで自分の幼馴染と殴り合いをした時とは違うやるせなさに身を覆われる。



(なんなんだよ…これ…)

自分はこんな、情けない台詞を吐く男ではない。そう思いたくて。こんな思いからは早く払拭されたくて。

爆豪は思考回路が止まった頭で咲子に怒りを静かにぶつけ続けていた。



「いつだってそうだ。」

「お前は俺ン中を土足で踏み荒らして、めちゃくちゃにして…」

「そういうの…ッ すげえ、うぜぇンだよ…!!!」

『……………』



抱えていた思いを言葉に乗せて吐露すれば、咲子は俯き1mmも動かなくなる。

それを見た爆豪ははっ、と我に返った。

静まり返った病室内は先ほどよりも重く沈黙していた。

咲子のベッドサイドにあるアナログ時計の音だけが嫌に耳に張り付く。

爆豪がその静けさに若干の後悔を感じた頃。咲子がおもむろに口を開いた。



『私が…爆豪さんに何をしちゃったか…具体的には分からないですけれど…』

『あ、あの…なんて言ったらいいか……。』

「…………」



爆豪自身でも理解できていない怒りの正体。

それを、他人でありその矛先である咲子が一瞬で把握する事など出来る筈もない。

咲子は状況の理解に努めながらも、おどおどと戸惑いながら言葉を選ぶ。

そんな咲子の様子を見て、爆豪ははぁ、とため息をついた。



(何してんだ、俺。)




『ーーー爆豪さん?』

「なんでもねぇ、今のは忘れろ」

『…っ、でも!』

「帰る。」



そう言って爆豪は咲子の声も無視して静かに病室の扉を閉じた。