"ーーー爆豪さん?"
"…っ、でも!"
戸惑い、傷つき、焦り。
あの時の咲子からはそんな感情が見て取れた。
(…………くそが。)
あんな顔、見たくはなかったはずなのに。
自分は一体何をしているのだろうか。
爆豪は苛立ちを濃くさせたままコツコツと靴音を鳴らし、院内廊下へと歩を進める。
両手をズボンのポケットに差し込み歩く姿はさながら不良のようで。
恐れおののいた看護師や患者たちが一歩ずつ彼から距離をとる中、
爆豪は向かいからやってくる人物を見つけると眉間の皺を一層深いものにさせた。
「…よく会うな。」
「…………ケッ。」
(来んのは明日じゃなかったのかよ…。)
爆豪は舌打ちを一つこぼして小さく胸の中でぼやく。
はた、と立ち止まった先にあるのは、いま一番見たくなかった顔。
会いたくないと思っていたのは轟も同じだったようで、彼も端整な顔を少しだけ歪ませながらこちらを見つめていた。
(相変わらずの面だな…。)
感情の読めない瞳。
じっと見つめるのは気分が悪いと爆豪が目を逸らすと、その先には轟が携えてきた花束が見えた。
"爆豪さん!"
オレンジや黄色のガーベラがふんだんにあしらわれた花束。
それを見て、咲子の笑顔をふと思い出してしまうのは何故なのか。
爆豪は頭の中の咲子の姿を消そうと頭を乱暴に振った。
「ーーー前の話…。」
「あ?」
「どうなんだ?」
「………」
何の話か、なんて聞かなくても分かる。
園生咲子のことだ。
「ーーーお前はもう知ってるようだから言うが、俺はあいつのことが…咲子のことが好きだ。」
「………」
何の戸惑いも躊躇もない轟の声。
爆豪はどこか他人事のようにそれを聞いていた。
「あいつが血だまりん中に倒れた時、俺は何も出来なかった。」
「…………。」
「俺はそんな自分が嫌だったんだ。」
あの日の夜のことを話す轟の声は少しだけ震えていて。
固く握られた空いている拳も、悔やむように下唇を噛む姿も。
咲子のことで苛立ちややるせなさを感じている自分とダブって見えた。
(やめろよ…。)
(そんな顔、すんな…。)
("お前"がそんなツラしてたら…)
(俺だって"そう"になっちまうだろうが……ッ!!!)
轟が園生に惚れていようとなかろうと、どうでもいい。
けれど自分までそのたぐいの話に巻き込まれるのは死んでも御免だ。
(あのアホ女のことなんてどうでもいいんだよ…クソが…!!)
(お前が"それ"で良くても…俺は…俺は…っ!)
「あんな女のことなんて…クソ程どうでもいいンだよ…ッ!!!」
「アイツも…お前も!いつも耳障りなこと言いやがって…ッ!!」
「俺は園生のことなんて蚊ほども好きじゃねーわ!!」
『……爆豪、さん………?』
血が上り、茹だるように熱くなっていく頭の中で不意に聞こえてきたのはさっきまで聞いていたソプラノ。
それを聞いた瞬間、まるで心臓に杭を刺されたかのようにどくりと胸に衝撃が走った気がした。
どくどくと忙しなく脈打つ心臓に急かされ、爆豪がゆっくりと振り返れば。
そこには潤んだ瞳で自分を見つめる園生の姿があった。