咲子の戸惑いがちな声を聞いて、爆豪は珍しく「やってしまった、」と強く後悔をした。
胸の内で燻る怒りに身を任せ、投げやりに声を荒げた瞬間。
後ろから不意に聞こえてきた咲子の声は先ほどの比にならない程震えていて、
『あ、あの……』
「…………」
黒目がちな瞳は涙であふれてしまっていたからだ。
『あ、あのっ…私、爆豪さんの落とし物渡そうと思って…それで…っ』
そう言う咲子の手元には自分のパスケースが握られていた。
反射的にポケットを探るが確かにない。あれは自分が落としたものなのだろう。
しかし、問題はそこではなかった。
『話、聞いちゃって…ごめんなさっ…』
「違うんだ、咲子。爆豪はーー」
はらはらと頬から滑り落ちる涙から、手の甲で必死に涙を隠そうとする姿から、目が離せない。
……園生の泣き顔なんて、何度も見てきたはずなのに。
轟は涙を流す咲子の姿に焦っているのか、必死に爆豪の弁明をしようとしていた。
「…………」
キュッと喉が詰まる。
爆豪はいつになく黙ったままだった。
(なんだ、これ…)
咲子が泣いていると、どういう訳か自分まで苦しい。
不安が煙のように胸を覆って、呼吸が乱れる。
爆豪は知らず知らずのうちに胸を押さえていた。
それでも脈打つ心臓の鼓動と不安は収まってくれなくて。
「ーーー爆豪が言ってたのは…違うヤツの話なんだ」
『違う…?』
「お前じゃない。」
轟の吐いた、優しい嘘に咲子は少し不安げに反応した。
轟が再度頷くと咲子は「そうなんですか?」と言わんばかりにこちらを見てくる。
その濡れた瞳に、自分に許しを請うような儚い姿に、爆豪の胸はとくりと高鳴った。
ーーー瞬間。
爆豪の中で何かがふっ、と解けた気がした。
(……………あぁ、そうかよ…クソが…。)
心が、頭の中が、一瞬真っ白になってじわじわと色を持つような。そんな感覚に襲われる。
爆豪は思わず空いた手で自身の髪をくしゃりと握った。
(なんでこんな女に…俺は…)
眉間に寄っていた固い皺は薄くなり、形のいい唇はうっすらと弧を描いていて。
爆豪は頭を掻きあげ、改めて園生の方へと視線を向ける。
『ーーー爆豪さん…?』
「さっきそこの舐めプが言ってただろーが。お前の話なんかしてねーよ。」
『そ、そうなんですか?』
「だからそうだっつってンだろーが。あとソレ返せや。」
「…………」
頭を乱暴に掻き、「ん。」と手を差し伸べる爆豪に、咲子は濡れた目をこすりながら「はい」とパスケースを手渡す。
訳の分からない様子の咲子はきょとんと呆けていたが、轟は眉を顰めてそれを静観していた。
(…爆豪のヤツ…。)
どこか、変わった。
とげとげしい言葉の割に声色は優しく、咲子を見る瞳にも怒りは感じられない。
それどころか、言葉の端々にどこか優しさのような物を感じてしまって。
「……………?」
轟はその違和感に顎を捻った。
『ーーーじゃあ私戻りますね。』
「ん。」
「あぁ…」
ふりふりと、遠慮がちに小さく手を振って、咲子が自身の病室へと戻る。
二人がそれに返事をし、咲子がパタリと病室の扉が閉じた瞬間、爆豪が口を開いた。
「テメェの……」
「?」
「…テメェの言う通りだった。」
「…………そうか」
(爆豪も咲子のこと………)
爆豪の口から発せられた言葉に、轟は押し黙る。
"あっ!またバカ女って…!!"
"実際馬鹿なんだしバカ女でいいだろーが。"
"なにをー!?!"
思い出すのは自分よりも親しげな様子の二人の姿。
轟はふ、と目を伏せ、やりようのない不安を持て余すことしか出来ずにいた。