『ー…もしもし、轟くん?あの、今日のご飯は…。』
"あぁ…悪い。今日も飯はいい。"
『そう…、ですか。』
授業が終わって、ガヤガヤとした教室の中。
スマホを耳に押し付け、轟くんに電話をかければ申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
轟くんのやんわりとした拒絶の言葉に思わず声のトーンも暗くなる。
(今日も、か…。)
今日こそは、と思ったんだけれど…。またフラれてしまった。
もう何度したか分からないやり取りに溜息を吐きたくなる。
私は寸でのところで口をつぐみ、重たい吐息をこぼさないよう努めた。
"本当に悪ぃな、咲子。"
『…っ、いえいえ!全然気にしないでください!それじゃ…お仕事頑張って!』
"あぁ…じゃあな。"
プツッ
ツーツー
『………切れちゃった…。』
「どうしたの、咲子。」
『あっ……ううん…なんでもない。』
(なんだろう…この感じ。)
短い言葉を最後にぷつりと通話が切れる。
私はその機械的な電子音に何故か不安を感じてしまった。
(なんか…胸騒ぎがする。)
いつもとおんなじやり取りをしたと言うのに、なんだか嫌な予感がする。
何の根拠もないけれど、そんなただ漠然とした不安が私を包みこんだ。
***
(なんだったんだろう…あの感覚…。)
結局。あの後すぐに私は大学を出た。
スーパーに寄り、一人分の食材を買いこんで帰路につく。
私はぶらぶらと重たいエコバッグを揺らしながら轟くんとの電話で感じた不安に苛まれていた。
(こういう時の勘とか不安って…結構当たるんだよなぁ私…。)
忘れ物したかも、と思って鞄を見たら本当に忘れものしてたとか。
コンロの元栓閉め忘れたかも、って思って戻ったら本当に閉めてなかったとか。………ちょっと違うかもしれないけれど。
(何もないと、いいんだけどなぁ…。)
あれこれ考えているうちに、自分の部屋があるアパートに着いた。
とぼとぼとエレベーターホールに足を進め、薄いボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。
するとコツコツと小気味の良いヒールの音が近づいてきた。
音源は私の少し後ろで止まり、静寂が戻る。
チン
(あっ来た。)
エレベーターがやってきて、扉が開く。
私が中に入ると、私の後ろにいた人も中に入ってきた。
スマホをいじる長身の女性は長い黒髪を高い位置で束ねていた。
『あっ…!』
何気なく、その人の顔を見た瞬間、私の口から言葉が漏れた。
(この人…今日スマホで見た…。)
『クリエティ…さん?』
「えっ?」
そう、口にすれば綺麗な黒曜色の瞳と目が合う。
瞳をユラユラと揺らす彼女は不思議そうな顔をしながら私の顔を見つめていた。
(まずい、思わず名前呼んじゃった…!)
『ご、ごめんなさい…っ!あの、今日友達とあなたの事を話していて…!それで、つい…!』
「まぁ、そうでしたか。」
ぺこぺこと頭を下げながら謝罪をすれば凛とした声で「頭をお上げください」と返される。
私はその物腰の柔らかさにうっとりとしつつ、再度「すみません」と小さく謝罪した。
…それにしても。
(クリエティさんもここのお部屋に住んでいるのかなぁ…。)
もしかして、同じ階だったりして。
私が押したのは私の部屋がある4階のボタン。
クリエティさんが他の階のボタンを押してないという事は多分そうだと思ったんだけど…。
(轟くんに爆豪さん…それにクリエティさんって…ここのアパートヒーローたくさんいるなぁ…。凄いセキュリティだ…。)
チンッ
そんなことを考えていたらあっという間に4階に着いた。
扉の手前にいたクリエティさんが先に出て、私も後を追うようにエレベーターから降りる。
(どこのお部屋なんだろう…。)
あまりまじまじと見てはいけない、と思いつつ前を行く彼女のことが気になって仕方がない。
というか、クリエティさんが向かう方向が私のお部屋の方なのだからこれは不可抗力だ……と、思いたい。
あれ…でもこの先って……。
(轟くんの…部屋、のはず。)
そう、思考が追い付いたその瞬間。
クリエティさんが轟くんのお部屋の前で止まる。
彼女はポケットから鍵を取り出し、インターホンも慣らさずに何の躊躇いもなくお部屋を開けた。
ガチャリと玄関を開けたクリエティさんが扉の向こうに声をかける。
「轟さん、食材買ってきましたわ」
「あぁ…ありがとな、やおよろ……咲子?」
『えっ……あっ………。』
部屋の奥から出てきたのはやっぱり轟くんで。
玄関先でクリエティさんに微笑みかける彼とぱちりと目があう。
その瞬間、一対のオッドアイが戸惑いがちに揺れた。
…まるで"しまった!"とでも言わんばかりに。
(えっ…どういう…ことなの…?)
もしかして兄妹とか…?いや、でも兄妹間で名字で呼ぶなんて変だし…。
それになんでこんな親し気なんだろう…。
しかも"食材買ってきた"って言ってたし。
(それって…もしかして…。)
(彼女、だから…?)
「ーー?お知り合いですの?」
「あ、あぁ…咲子はーー」
『私…失礼しますッ』
「?咲子っ」
轟くんが名前を呼ぶのも無視して、自分の部屋へと急いで駆けだす。
ガチャガチャと乱暴に鍵を開けて玄関へ逃げるようにすべり込めば、私はいつの間にか自分が泣いていることに気がついた。
(そう、だったんだ…。)
ずっとご飯を断っているのも、私を避けているように感じたのも。
クリエティさんっていう彼女がいるから…私を遠ざけようとして…轟くん…。
『…っ…ふ、う……。』
"失恋した"
そんなはっきりとした事実に私は泣き崩れることしか出来なかった。