「今日は時間がいいのでここまでにします。」
先生の間延びした声と同時に緊張がほどける講義室。
そしてそれを追いかけるようにチャイムも鳴り響いた。
わいわいと本格的に学生たちが騒がしくなり始める。
私がとっている次の講義も丁度ここで行われるため、席を離れずにこのまま残ることにした。
『ふぅ…今晩はどうしようかな…』
教科書をとんとんと整えながらぼんやりと呟く。
最近私の頭を占める悩みはこれ。轟さんに適当なものを食べさせるわけにはいかないし、頑張って栄養バランスも考えなくちゃ…。
「どうしたの?咲子」
『あっ…いやぁ…今晩お夕飯どうしようかな、って。』
独り言を呟いていた私に声をかけてきてくれたのは大学に入って出来たお友達。
「えへへ、」と誤魔化すように笑いをこぼせば彼女は「あ〜」と共感の声をあげた。自炊を頑張ってるのは私だけじゃないらしい。
「面倒ならどっか食べにでも行っちゃう?美味しいお店知ってるよ」
人懐っこい笑みを浮かべる彼女に眩しさを感じる。
「カルボナーラ好き?」と小首を傾げる彼女のなんて可愛らしい事か。素敵なお誘いと笑顔に心が大きくぐらつく。
『うっ…ごめん。私まだバイトしてないから外食はちょっと…。』
本当は轟さんのご飯を作らなくちゃいけないからなんだけど、経済的な問題も丁度抱えているので嘘にはならないはず。
そう思い「ごめんね」と手を合わせれば「そっか」と残念そうに肩を落とす友達。
「一緒に食べたかったなー」
『ごめんね…』
しょんぼりとする友達の顔を見て胸が痛む。
轟さんのことを正直に話せたら、とも思うんだけどなんて説明したらいいか正直分からなかったし、びっくりさせてしまいそうで。
本当、考えれば考えるほど不思議な関係だ。
結局、あの珍事件があった日からほぼ毎日お夕飯を作っているし。
主菜とお味噌汁を預かっているお椀によそってデリバリーするのが最近の日課。
時々轟さんから「明日の夜はいないからいい。」って言われる時があるけど、それ以外は毎日こんな感じだ。
「遅くなっても大丈夫なら届けますよ?」とこの間聞いてみたら「帰るの朝になるから」と言われてしまった。
……もしかして彼女のお家へ行ってるのかな。
そこまで考えたところで胸がきゅっ、と締め付けられるように痛む。…………なんだろう、今の。
「バイトならさ、いいの知ってるよ私。」
『……えっバイト?』
一瞬、訪れた胸の痛みに違和感を感じていたところで、違う友達の声が聞こえてくる。
ぼんやりとした頭をリセットするように軽く振って、思考を現実へと戻せばなにやらバイトの話のようだ。
「時給1000円!学歴不問!アルバイト初心者大歓迎!週2で一日3時間から!」
『せ…!?』
東京時給高くない…!?
自分の地元の最低賃金を思い出しながら、都会は流石だなぁ…なんて考えてしまう。
しかも条件がとっても魅力的だ。
『それってどんなお仕事なの?』
「老舗の喫茶店のウェイトレス。アルバイト募集の紙貼ってあった。」
「あ、そこ知ってるかも。確か咲子の家からも近いんじゃない?」
『喫茶店か…』
うーん…高校時代はファミレスでホールをしていたから接客は多分大丈夫。(男の人にはどうしても緊張しちゃうけど。)
時給もいいし………結構いいかも。
『―…ねぇ、そこの場所詳しく…』
「やっぱ格好いいよね!爆心地!」
「えーそこはチャージズマでしょ!」
『…え?』
私が口を開いたタイミングで、後ろの方から黄色い歓声が聞こえてきた。
驚いて思わず声のした方へと視線を向ける。
そこには可愛らしい格好をした女の子たちが雑誌を広げてなにやら楽しそうに話していた。
『ばくしんち…?ちゃーじずま…?』
「そういえば最近よく取り上げられてるよね。まだ若手なのにすごーい。」
「顔もいいし個性も派手だしねぇ。この間も敵の討伐数すごかったらしいよ」
『あ、あ〜…』
なるほどヒーローのことか。
両サイドにいる二人のコメントから、不思議な単語の嵐だった会話の内容がヒーローの話題なのだと悟る。
私そういうの疎いし興味もないからなぁ…。
何処に行っても同年代の女の子たちはやっぱりアイドルとかヒーローとか好きなものんだな、なんてどこか他人事に思う。
なんとなくそのまま見つめていたらそのグループの中心となっていた女の子が「でもさ!」と声を張った。
「やっぱ一番イケメンなのはショートでしょ!ショート!」
「まぁねー!ショート彼女とかいるのかなぁ?」
『ショート…?』
なんだか甘そうな名前。
お誕生日に出てきそうな。
「あれ、咲子知らない?最近女子に大人気のイケメンヒーロー"ショート"。」
「あんなイケメンはそうそういないしねぇ。」
『イケメン…』
女子高育ちの私はその単語を飽きるほど聞いてきた。
アイドル、ヒーロー、俳優等々。けれど私は他の女の子たちよりもその言葉にはどうも関心が持てなくて。
イケメン、って言っても轟さんほどじゃないんじゃないかなぁ…。
友だちやお母さんが勧めてきたどんな有名人よりも格好いい。
そう思い、ふと頭の中に浮かんできたのは轟さんは美味しそうにもぐもぐとお蕎麦を頬張っている姿だった。
『ふふっ!』
ちょっと変わった人かもしれないだけど。
格好いいのにもったいない人だなぁ、なんて少し残念に思いながら私はくすくす思い出し笑いをした。