『…………っ、ふ……ぅ…』
「ちったぁ落ち着いたかよ」
『…………はいっ』
どくどくと忙しなく働いていた心臓が少しずつ落ち着きを取り戻す。
私は 爆豪さんの声をきっかけに、彼にもたれかかっていた自分の身体をそっと離した。
まだちょこっと息が上がる感じがするけれど、さっきほどではない。
こういうパニックになった人間の介抱…というかフォローがすぐ出来るなんて、やっぱり爆豪さんってヒーローなんだなぁ…。
…普段の行動からは想像つかないけれど。
『……爆豪さんって本当にヒーローなんですね…』
「あ゛ァ!?」
『だって…普段そんな感じ全然しないのに…。』
「誰向かってンな舐めた口利いてんだクソが!」
『……ふふっ…』
ガルル、と効果音がつきそうな剣幕で私を睨む爆豪さんに思わず吹きだす私。
なんていうか、こういう時変に気を遣わずいつも通りでいてくれるの、って…すごく安心するな。
(…やっぱり顔はちょっと怖いけど。)
ぼたぼた頬を濡らしながら微笑む私と、怒鳴りつける爆豪さんというシュールな場面にどこか和やかな空気が漂った。
『ーー……はぁ…なんか、スッキリしちゃいました。』
「…………」
軽く…けれど長めに息を吐いて明るくそう言えば" 嘘だろ "と言いたげな目でこちらを見つめてくる爆豪さん。
でもそれを言葉にしないで私の言葉を待ってくれている爆豪さんに甘えて、私はぽつりぽつりと自分の胸の内を零すことにした。
『全然…解決も、進展もしてないけれど…内側にあったもやもやみたいなのが晴れました。』
ありがとうございます、と。うっすらと涙ぐんだ声でぺこりと腰を折ればなんだか今更になって恥ずかしくなってしまって。
へへと照れ笑いをする私だったけれど、それに対して爆豪さんはどこか冷やかな目で私を見下ろしていた。
「お前…」
『?…はい?』
「…………」
『? 爆豪さー…』
「ンっでもねーーわ」
なにか考え込むように押し黙ってしまった爆豪さんを不思議に思い おそるおそる名前を呼んでみれば。少しだけ怠そうにポケットに片手を突っ込み頭をガシガシと掻いて私を一瞥する。
一瞬、緋色の瞳に視線を奪われて。何故だかは分からないけれど、瞬きをしてはいけない気がして私は何かを待つ訳でもなく爆豪さんを見つめ続けた。
…けれど彼はややあって目線を下に逸らした。
(えっ………)
……その、視線の動きに。瞳の伏せ方に。
何故だか私は一瞬、徐々に和らいできた喉元の熱さが蘇るような気持ちになった。
(なんで…なんで、そんな…)
(苦しそうな顔をするの…)
爆豪さんだって、何か意図して行動じゃない、って分かってる。……分かっているけれど、それが逆に私を不安にさせた。
ただ、視線を戻しただけ。
それなのに私にはとても緩やかなスローモーションのようにその仕草が鮮明に焼き付いてしまって…。
普段の爆豪さんからは考えられないくらい、寂しいものに見えてしまった。
『ーーー…ば、爆豪さんっ』
短く「じゃあな」と背を向けようとした爆豪さんの骨ばった手首を掴んで。私は縋る様に彼を捕まえる。
反射的に伸ばした私の手が彼の手首を捕らえた瞬間。掌全体に私より少しだけ冷えた彼の熱がじわりと広がった。
不意に私が触れたことで爆豪さんはとても驚いたような様子で私を見下ろしたけれど…。
正直なところ、この状況に一番驚いているのは他でもない私だった。
『………ぁ、』
「…………」
『いや!あの…えーっと…ごめん、なさい…』
そう言って 私はぱっと手を引っ込めた。
爆豪さんはそんな私のわたわたとした動きに、ぴくりとも表情を変えずにゆったりと宙ぶらになっていた手を下ろす。
長いようで短いような…何とも言えない沈黙が続く。
(なんか…凄いことをしてしまった気がする…)
何してるんだろう、私。爆豪さんだってびっくりしてた。
…でも、なんだか爆豪さんを放ってはおけなくて。
爆豪さんらしくない、というか…。
いつもは私なんかよりもしっかりしているヒーローの爆豪さんが…普通の男の子に見えた。
「ーー…帰る。」
『…………あっ』
爆豪さんの抑揚のない声にはっと我に返った私。
何か声をかけたほうが、と思って口を開けたけれどそんな私を意に介さず 爆豪さんはゆらりと玄関のドアノブに手を置いた。
『爆豪さん…』
結局。私は爆豪さんの名前を呼ぶしか出来なくて。音を立てて爆豪さんが退室するまで私は瞬きさえ忘れてて…。
…けれど、ゆっくりとドアの隙間が狭まっていくその瞬間まで爆豪さんは一度も目を合わせてはくれなかった。
***
(初めて見た。…爆豪さんのあんな顔。)
はぁ、と重苦しい溜息を吐けばタイミングよく天井から雫が落ちてぴちゃんと湯船に溶けた。
あの後、もやもやした気持ちから早く抜け出したくてお風呂へと向かったけれど 全然晴れやしない。
むしろ別れ際の爆豪さんの後ろ姿が余計ちらついてしまって…。時間が経つにつれ胸の痛みは重さを増していく気さえする。
私はあの時、爆豪さんになんて声をかければよかったんだろう。