07
「ーーーなぁ、ちょっといいかな」
「えっ」
放課後。
特に用事がある訳でもなく、誰かと帰りたい気分でもなかった私が一人で帰ろうとしたら、冒頭の声が聞こえてきて。
ふい、と振り向けばそこにいたのは私の好きな人、こと上鳴電気くんだった。
形の良い金色の睫毛が歪んでいる。
声は固さを持っていて、いつものお茶らけた彼でないのはすぐに分かった。
(うわぁ…怒ってる怒ってる。)
「あれ、A組の上鳴くんだよね?何か私に用かな?」
私はこてん、と首を傾げて敢えてニコリと微笑む。
"何か用かな?"なんて、なんて白々しいんだろう。
自分の抜け目のないところは嫌いだ。
だけどこういう時にふと嘘や演技が出てしまう。
(嫌いだ、こういうの…。)
私は笑顔の下にどす黒い感情をひた隠しにした。
「ーーーこういうことあんま言いたくねぇけど…さ。」
「もしかして付き合ってる、って噂の事…?困るよね、あれ。」
さも、私は知りません、と。
"そう"見えるように私は少しわざとらしく演じる。
しかし彼はそれに動じず、真っすぐ私の瞳を見つめ続けていた。
「その噂のせいで俺の大事な子が傷ついてるんだ。噂…なんとかなんねぇかな?」
「大事な子…ってA組の名字さんのこと?とっくに別れたって聞いたけど。」
(うわ、いやな女だ、私。)
上鳴くんの傷をえぐるようにわざと明るい声でそう言えば、彼は意外にも「うん」と頷いた。
「その噂のせいで俺こないだアイツに別れ話切り出されちゃってさ…。だせぇことに泣かせちまったし。」
「え。」
まさか本当に別れ話が出てたなんて。彼のその言葉に背中がゾクっとした。
身体全体が一瞬血を失ったかのように冷え込んで、次の瞬間ぶわりと血が噴き出したかのように熱くなる。
"取り返しのつかないことをしてしまった。"
そんな月並みな後悔が私を襲った。
これを望んでいたはずなのに。
私はどうしてこんなに罪悪感でいっぱいになってしまっているのだろう。
(駄目だ…そんなの…駄目!)
「…大丈夫だよ。」
「え?」
なに…
「そんな噂でたらめだ、って私が周りに言ってあげるから。」
なに、言ってるんだろう、私。
上鳴くんと付き合いたかったはずなのに。
名字さんと上鳴くんが別れちゃえばいいのに、ってずっと思ってたのに…。
私…私…。
「ホント?やべ…すっげぇ助かるわ…ありがと」
「ううん、いいの。」
ニコリ、とさっきのように笑って見せる。
(私…うまく笑えてるのかな…。)
口元、引きつっていそうな気がする。
けれど目の前の彼があまりにも嬉しそうに私に笑いかけるから。
私はそれに毒気を抜かれてしまって、思わずふ、と笑ってしまった。
演技ではない、本当の笑顔で…。
「ーーーひとつ、聞いてもいい?」
「ん?」
「名字さんと付き合う前、私に声かけてくれたことあったの覚えてる?」
「ん?……あー…。」
私が尋ねれば気まずそうな声を上げて髪を掻く彼。
私はそんな彼を見つめながらぽつりぽつりとまた尋ねた。
「あの時…、私が断っていなかったら…私たち、付き合ってた、のかな…。」
「それはねぇと思う。」
「…………、」
思いがけない上鳴くんの即答に思わず言葉をつぐむ。
私は喉元がきゅっ、と締まったような感覚に襲われた。
「俺さ…入学する前からアイツの事好きだったから。………って、なんかごめんな!?振ったみたいな感じになっちゃって」
「ううん、いいの、」
分かったから。そう言って私は彼に背を向けた。
***
誰もいない廊下を彼の気配を感じながらひたすら玄関まで歩く。結局私は何がしたかったんだろう。
やるせない怒り。途端に襲った虚無感。嘘をついてしまった自分に対する羞恥。
そんなものが全部ないまぜになって、心の中でぐちゃぐちゃに溢れてしまっている。
けれどそれは涙となって外へ出るたびに少しずつ減って、心が軽くなっていくような気さえした。
(あーあ、もうばっかみたい!)
私は腫れてしまった目元を両手で押さえながら玄関前にしゃがみ込んだ。
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