『はぁ…っはぁ…はぁ…!』
誰もいない長い廊下を、ただひたすら宛てもなく走る。
私は、自分の軽率さと浅はかさを呪いながら拳に力をこめた。
(馬鹿だ、私…切島くんの前で泣いちゃって…これじゃもう…)
徐々に痛み始める脇腹と脚、焼けそうになる喉、上がる息。
全力疾走をこんなにしたのが久々だからからか、全身が悲鳴を上げている。
けれど、今は止まる気になんてなれなくて。
「待ってくれ!名字っ」
『………ッ!』
来た。
来てしまった。
「待てよ名字…!!」
『こ、来ないで…っ!』
後ろから切島くんが私を追ってくるのが見えた。
けれど…ううん、"だからこそ"私はそれに構わず走り続けた。
追いかけてきてくれたのは嬉しい。けれど正直に言えば来てほしくない気持ちの方が大きくて。
(やだ…やだ、来ないで…切島くん…っ!)
大好きな切島くんの声も、今は聞きたくない。
切島くんが何を言うか分かってしまっているから。
(聞きたくないよ、"ごめん"なんて…)
「待てって…ッ」
『…っ』
突如始まった鬼ごっこは、思いのほか早く終末を迎えてしまった。
私の手を無骨で大きな切島くんの手が捕まえる。
『は、放してっ!』
私より少しだけ高い体温に無性にドキドキしてしまう。
(いやだ…もう諦めなくちゃいけないのに…どうして私…っ)
「名字、なんで泣いてんの?」
『い、言いたくない。』
声が震えてる。
繋がれたままの手も、切島くんの優しい声も、今は全部全部苦しいだけで。
私はいつの間にかまたぽろぽろと涙を流してしまっていた。
(やめてよ、切島くん…私もう、あなたの事諦めたいのに…)
あの時。
切島くんの言葉を聞いて、私は愕然としてしまったのと同時にとてつもない虚無感に襲われた。
三奈ちゃんのこと好きなのかも、って思ってた時なんかより、何倍もショックだった。
(切島くんに好きな人がいたなんて…)
「名字、聞いてほしいことがあるんだ…。」
『!』
いつか彼をあきらめなければいけない瞬間が来ることは分かっていたけれど。
まさか今日がその時だなんて。
(さよなら…私の青春。)
私はゆっくりと瞼を閉じて彼と向き合う。
これ以上彼の前で泣かない為に。
「名字、さっき言ってた…さ、俺の好きな奴っていうのは………お前なんだ!!」
『へ』
力拳を作りながら、熱く私の瞳を捉える彼の目。
それが冗談やからかい目的なものではないことはすぐに分かった。
『嘘…。』
「ほんとだって!俺…ずっと名字が上鳴のこと好きなんだろうな、って思ってて…言えなかった…。ったく…男らしくねぇよな…」
『えぇ!?わ、私も…!私も切島くん、三奈ちゃんのこと好きなんだろうな…って、それで…。』
互いに探り合うような視線を合わせた後ぱちぱちと瞬きをすること数回。
私たちはお互いの勘違い振りに思わずぷっ、と吹きだしてしまった。
「なんだ…俺ら想い合ってたんだな…」
『うん…なんだか夢見たい…。私、さっきまで切島くんにフラれる準備してたんだよ?』
「えっ準備って?」
『え…な、泣かないようにしよう…とか?』
思わず疑問形になってしまった私の言葉。
改めて聞かれるとあんまり対策は出来てなかったな…。
(…でも、私たち今日から両想いなんだ…。)
『ふふっ…』
「…………」
私は突然訪れた幸せに耐え切れなくて、にやにやと笑顔をこぼしてしまう。
切島くんはそれを見てゆっくりと笑った。
「ーーあいつ等に感謝しねーとな」
『そうだね…いきなり透ちゃんに連れてこられたときはびっくりしたよ。"私が今から切島に質問するからそこで聞いてて!"って。』
「あれ葉隠が質問してたのかよ!」
なんでもない会話。そのはずなのになぜかとても楽しくて。
(ありがとう、みんな…)
私はあそこに居合わせたA組のメンバーに心の底から感謝した。
「なぁ、名字…お前の口からまだ聞いてねぇんだけどさ…俺の事……」
『え?』
「っだーーーー!!駄目だ!男らしくねぇ!名前!!」
『は、はい!!』
いきなり下の名前で呼ばれ、とくんと勢いよく心臓と身体が跳ねる。
びくりと跳ねた私の前に切島くんは指を立て、こう言った。
「名前は…俺の事、好きか!?」
『!』
彼らしい、飾らないストレートな質問。
真剣な瞳で射貫くように私を見つめるその目に私は、吸い込まれてしまいそうだった。
『……はいっ!勿論!……大好きです!!』
「「「「おおおおーーーーっ!!!」」」」
「『えぇっ…!?』」
私が彼に愛の告白をした瞬間。
どこからともなく歓声が聞こえてきた。…犯人は分かってるけれど。
「素晴らしい愛の告白でしたわ…!」
「いやー…これでマジでお役御免ってカンジだわ…」
「いいじゃん上鳴。これでもう切島に睨まれずに済むよ。」
「お、オイ耳郎!やめろよ名前のまえで…」
「ひゅーひゅー!切島もう名前だって!」
わいのわいの。
そんなやり取りが廊下の中心で行われる。
私は精いっぱい真面目に告白したのに何で茶化されなくちゃいけないんだろう、なんて。
そんな漠然とした疑問はその空気によってどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「「「「あらためて二人共おめでとー!!!!」」」」
「『…ありがとう、』」
私たちは照れながらお互いを見つめていた。