可哀想な女

『あ、今日もいた。こんにちは。』
「また来たよこいつ…」

人気が全くと言っていい程無いさびれた公園。
いつものようにベンチで寝転んでいたら聞き慣れてしまった間抜けな声が頭上から聞こえてきた。

気怠げに顔面を覆う手をどけて確認してみればやはり想像していた女がいて。目が合えばその女は「今日はあったかいですね」なんて間抜けなことをほざいてきた。

『でもこんなところで寝転んでいたら風邪引いちゃいますよ?ヒーローだって来ちゃうかもしれないし。』
「ヒーローと同じくらい面倒くさいのがここにいるんだけど。」

何が面白いのかふにゃふにゃと笑いながら俺の頭についていた葉っぱを払う。雄英の制服に身を包むこの変人は名前を名前と言うらしい。

一か月ほど前、今日のようにベンチで寝転んでいたら「大丈夫ですか?」と声をかけてきたのがこいつだった。聞けば酔っ払いと間違えたとのムカつく回答が返ってきて。

普段だったら適当に殺してどこかへ処分していたところだ。けれど、その時はそれがひどく面倒に思えて。自分が連日世間を騒がせている敵で、以前雄英に襲撃をした死柄木弔であると脅せばどこかへ消えるだろう。

そう思い脅してみたがそれはこいつにとって逆効果だったらしい。何故か名前に懐かれてしまった。以来、名前は俺に会いに毎日毎日この場所を訪れるようになった。

『敵って普段どんなことをしてるんですか?人身売買とかもしてるんでしょう?麻薬…?はやっぱりヤクザの人が取り仕切っているんですか?』
「あーもう本当…マジで五月蠅い。」

こいつはどうせ自分は殺されないとでも思っているんだろう。……なぜかこいつを殺そうと思えない自分もいるのだけど。ムカつく。ムカつく。

こののほほんとした雰囲気からこいつはヒーロー科じゃないのだろう。しかし何故雄英の生徒の癖にこんなにも敵に対して執着するのか。最初は雄英が寄越した諜報員かとも思ったがそうは思えない。

よく分からない女だ。

『あ、そうだ。今日はたい焼き買って来たんですよ!チョコ味好きでしたよね?』
「……あんこよりマシって言っただけだろ。」

はい、と名前が手渡してきたのはほかほかにあたたまったたい焼き。俺が前に今川焼のあんこを渡されて渋ったのを覚えていたらしい。しばらく凝視していたら「毒なんて入ってませんよ」とまたくすくす笑われた。ムカついたので無理矢理強奪する。

それに満足したのか名前は「私も食べよ、」とガサゴソ紙袋からたい焼きを取り出した。

『このあんこ味のたい焼きも美味しいですけど、チョコも美味しそうですねぇ…。あぁ、でもやっぱりカスタードとかカマンベールも…』
「もしかして全種類買ってきたのか、それ。太るぞ」

たい焼き二つ分にしては些か大きすぎる紙袋。指をさして指摘してやれば「し、死柄木さんと半分こしようと思って買って来たんですよ!」と慌てて否定してきた。というかやっぱり全種類買ってきてるじゃないか。

『こういうの、ちょっと憧れだったんですよね。お友達と半分こ。』
「"オトモダチ"ねぇ…」

制服姿の女子高生と公園で二人仲良くたい焼き食べてるなんて。黒霧が知ったら暫く笑われそうだ。…先生はもう知っているのかもしれないけれど。

「お前さ、"オトモダチ"とかいないの?」
『え?いますよ、たくさん。』

わざと小馬鹿にしたようにそう尋ねれば、あっけらかんとしながら名前は答える。まぁ"悩みなんてありません"って顔してるしな。言葉遣いや仕草から見ても育ちだけは良さそうだし。

「じゃあそいつらのとこ行けよ。こっちだって忙しいんだから。」
『えー』

たい焼きを頭から齧って文句を垂れれば名前はいつものようにへにゃりと笑って見せた。変な女だ、本当に。黙ってたい焼きを咀嚼していれば「美味しいでしょう?」と笑いかける名前。

『明日はたこ焼き買ってきますね』
「来んなって言ってるだろ」

そう言えばまた名前は笑った。

…けれど名前は次の日姿を見せなかった。



***



『………………あ、れ…死柄木さん?……本物?』
「他に誰がいるんだよ。」

雄英が管理している寮の一室…と言えば聞こえはいいが、実質拘置所のようなものだ。

目的の部屋と思われる分厚い壁にそっと触れれば、いとも容易く穴が開いた。わらわらと音を立てて崩壊した瓦礫を足で避ける。灯りを付けていなかったのか部屋は真っ暗で。

部屋の隅でうずくまっていた名前が眩しそうにこちらを見つめている。紡がれた言葉に苦笑いをこぼせば鼻をすする音も遅れて聞こえてきた。

くだらない話をしたのはつい一週間ほど前なのに、自分の名前を呼ぶその声はひどく懐かしいものに思えた。

『ごめんなさい…おやつしばらく持っていけませんでしたね。』
「こんな時に何言ってんだよ、お前。」

柔らかそうな白い手にはじゃらじゃらと重そうな錠がかけられていて、ぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔からは疲れと衰弱が伺える。長い間尋問や追及をされていたんだろう。それでも無理をして自分に微笑みかける名前がなんだかとても愛おしく見えて、それでいてとても腹立たしく思えた。

『でも、なんでこの場所のこと…というかなんで私のこと…。』
「五月蠅いな。早く手出せよ。」

名前が姿を見せなくなって四日後のことだった。なんとなくつけていたテレビから雄英の生徒に敵の内通者がいたなんてニュースが流れてきて。

その時、ふと最近姿を見せない彼女の姿が頭に浮かんできて、一瞬頭がクリアになる。そんな、まさか。あいつは…だって。

嫌な予感がして、雄英に保護されている"内通者の生徒"を黒霧に調べさせれば見おぼえるのある写真を突き付けられて。……それからここまでどうやって来たかまでは覚えていない。

『雄英の生徒さんに見られちゃったらしいんですよね。ついてなかったなぁ…』
「お前が俺の忠告も聞かずにまとわりついてたからだろ」
『えっ……忠告してくれてたんですか?』
「……………。」

止めよう。こいつなんで普段はぼけぼけしているのにこういうとこだけは鋭いんだよ。

「それよりこれからどうするんだ」
『そうですね…どうしよう…。』

手錠が外され、自由になった手の感触を確かめる名前。ぼんやりとした口調で呟かれた一言はらしくもない弱気なものだった。

「…うちに来ればいいだろ。」
『……………え?』
「何処にも行くとこがないならうちに来ればいい。」

雄英にはもういられない。家族の元に戻るのも難しいだろう。そうなればもう選択肢は一つだ。

『…てっきり野垂れ死ねとか言われちゃうかと思いましたよ。』
「お前俺にどんなイメージ持ってたんだよ。」

力無く立ち上がると前によろける身体。傍に寄って支えてやれば名前は「ごめんなさい」と反省の色を感じない謝罪をした。堪らなくなって注意を払いながら抱きしめてやれば名前は擦り寄って来た。

全ての指が触れた時、この女は簡単に死んでしまうんだな。

こんなにあたたかいのに。柔らかいのに。触れてしまえば簡単に壊れてしまう。自分の個性を生まれて初めて呪った。

「こんなのに好かれてお前可哀想な女だな。」
『うふふ、私きっといま世界で一番幸せですよ?』

そう言って名前はいつものように柔らかく微笑んで俺の唇を易々と奪った。