優しい人

ヒーローは大勢の味方であって、誰かひとりの味方ではない。

お父さんの葬儀に参列しながら、まだ幼かった私はその事実に気がついてしまった。

テレビで何度も見た憧れのヒーローは私のピンチを救ってはくれなかったのだ。喉がはちきれそうになるほど叫んでも、痛む身体をがむしゃらに動かして助けを求めてもあの男は敵の討伐を優先し背中を見せて去って行った。

お父さんの車を横転させたのも、道路をめちゃくちゃにして救急車の到着を遅らせたのも、全部あの男のせい。あの時、適切な処置を受けていたら父はまだ助かったかもしれないのに。



大黒柱だった父を亡くし、困窮した母はお金持ちの男の人と結婚した。そんな母が病気で亡くなってから、義理の父は私を想い綺麗で家庭的な女の人と再婚した。

二人は血も繋がらないこんな私にとても良くしてくれた。父はたまの休日を潰して家族サービスだってしてくれたし、母は私を邪険にはせず、かといって猫かわいがりをしていた訳でもなかった。

適切な距離感をとるのが上手な二人だと思う。けれど私にとっての家族はあの二人しか考えられなくて。同居人という感覚に近い二人に対して私は愛情なんて持てなかった。

学校の友達のことは好きだ。みんないい子だし、私に対して本当に良くしてくれる。中学校の時なんか私たち親友だよね、なんて可愛らしく言ってくれた子だっていた位だ。けれどそれを冷めた目で見てしまう自分がいて。



勉強とか、友達とか、夢だとかそういうことに熱中できない。私の頭を支配するのはあの日の事だけだ。

平和を守るなんてほざいて私を地獄へ突き落として。正義の味方が聞いて呆れてしまう。私から何もかも奪ったのは他の誰でもないヒーローじゃない。

けれど私がどれだけ嘆こうと、喚こうとこんな私のちっぽけな不幸話なんてメディアでは報道してくれない。きっと明るみに出ていないだけで私みたいな境遇の人は腐るほどいるんだろう。だからこんな馬鹿げた社会に反旗を翻す敵がいてもおかしくなんて全然ないんだ。

まさか敵のリーダーが近所の公園でお昼寝しているなんて思いもよらなかったけれど。



***



『………………あ、れ…死柄木さん?……本物?』
「他に誰がいるんだよ。」

冷やかし目的に雄英に入学したのが間違いだったのかな、なんて小さく自己嫌悪をしていた時。黒一色だった視界にぼんやりとした薄白い光が入ってきた。

眩しさに目を細めながらその中心にいる影へ焦点を合わせる。徐々にはっきりしていく独特なシルエットは、待ち焦がれて仕方がなかった死柄木さんのもので。

咄嗟に出てしまった疑問の声。けれど涙でぼやける視界が、耳を揺さぶる懐かしい声が事実なのだと私に伝えてくれる。



『ごめんなさい…おやつしばらく持っていけませんでしたね。』
「こんな時に何言ってんだよ、お前。」

力の入らない身体で何とか上半身を起こし、誤魔化すように「えへへ」と呟けばいつもの死柄木さんの厳しいお言葉。けれど、いつもと違ってどこか寂しそうに顔を背ける姿になぜか私の胸は高鳴ってしまう。
やっぱり私って変人なのかな。

『でも、なんでこの場所のこと…というかなんで私のこと…。』
「五月蠅いな。早く手出せよ。」

"なんで私のこと、助けてくれたんですか"という私の一番聞きたい質問はぶっきらぼうな死柄木さんの言葉によって遮られる。そんなやり取りをしていたら死柄木さんに手錠をそっと触れられ、両手の自由が戻って来た。不快な金属音はもう聞こえない。

話によると私が先生や警察の刑事さんに事情聴取(尋問って言うべきなのかな…)されている、といった内容のニュースが報道されたらしい。淡々とまるで独り言を呟くような死柄木さんの顔を見つめながら、私は先日声をかけてきた男子生徒のことを思い出していた。

"こんなことバレたらどうなるか、分かってるだろ"とか言ってたけどやっぱりあの人が原因なんだろうな、なんてどこか他人事に思いながら解釈する。

けれど、交換条件として提案された"お付き合いしようよ"なんてお誘いには全然興味が持てなくて。もっと丁重にお断りすればよかったのかな、と今後活かせそうもない反省をした。

『雄英の生徒さんに見られちゃったらしいんですよね。ついてなかったなぁ…』
「お前が俺の忠告も聞かずにまとわりついてたからだろ」
『えっ……忠告してくれてたんですか?』
「……………。」

何気ないいつも通りの私たち会話。けれどその中で彼が不意に見せた一面に思わず声をあげればバツの悪そうな顔をした死柄木さんの姿があって。にやにやしてしまいそうになる締まりのない顔を両手で隠して黙りこくっていれば機嫌が少し悪そうな彼が口を開く。

「それよりこれからどうするんだ」
『そうですね…どうしよう…。』

そうだ、これからどうしよう。手錠も取ってもらったし、逃げること自体は何とかできそうな気がする。けれど身を隠せそうなアテなんてない。さて困った。

「…うちに来ればいいだろ。」
『……………え?』
「何処にも行くとこがないならうちに来ればいい。」

言われた意味が分からなくて、暫くきょとんとしていれば舌打ちと共に手が伸ばされる。

『…てっきり野垂れ死ねとか言われちゃうかと思いましたよ。』
「お前俺にどんなイメージ持ってたんだよ。」

未だ全快では無い体に鞭を打ち、どうにか立ち上がると前によろける身体。伸ばされた手が私を庇うように回されて、嬉しい気持ちがじんわりと胸を支配する。

若干むすっとする彼に「ごめんなさい」と小さく謝まったとき、電源を急に抜かれた電子機器のように死柄木さんは動きを止めた。らしくない彼の振る舞いに名前を呼ぼうとした瞬間。身体の自由がきかなくなり、柔らかな圧迫感に身を包まれていることに気がついた。

衣服から香る死柄木さんの香りに一瞬息が止まる。肌に触れるあたたかさと傍で感じる息遣いから"抱きしめられているんだ"と分かった瞬間、今まで押し込めていた不安や恐怖に堪らなくなり、薄い体にぴっとりと身体を寄せた。

余分なお肉が全然ない薄い体。それなのに胸板が硬いな、とか手がおっきいな、とか男の人なんだと嫌でもドキドキしてしまう所が沢山あって。

どうしよう、いま顔見られたら死んじゃう。

顔は見られたくないけどあんまりぴったりくっついてるのも恥ずかしい。なんて幸せな葛藤に悩んでいたら死柄木さんがくすくすと笑いをこぼした。

「こんなのに好かれてお前可哀想な女だな。」
『うふふ、私きっといま世界で一番幸せですよ?』

ちら、と目線だけ上に向けて赤くなっているだろう顔を隠すようにそう言えば、哀しそうに笑う死柄木さんがとても優しい眼差しで私を見下ろしているものだから。

私は誰かに見せるのがもったいないくらい綺麗なその微笑みに手を添えて、色素の薄い唇を奪ってみせた。