『ー…好きだよ、出久くん。』
「な、なななな…っ!!」
『ふふっどう?ドキドキしてくれた?』
こてん、と小さく首をかしげて名前ちゃんが微笑む。僕がその笑顔に弱い事を、きっと彼女は知らない。
ー…瞳が大きくて、髪がキレイで、いい匂いがして。幼馴染の名前ちゃんは僕にとって天使みたいな女の子だ。
傍にいるだけでこんなにもドキドキするのに、名前ちゃんが笑ってそんなことを言い出すものだから。
僕は思わず慌てふためいて吸っていたストローを口から放してしまった。
「そ、そういう事、冗談で言うのは駄目だよ名前ちゃん…。」
『えー?』
クスクスと小さく笑う彼女。
からかわれている筈なのに強く"駄目"と言えないのはどうしてだろう。
僕は幾つになっても彼女の微笑みには勝てそうもない。
『ふふ、ごめんね?出久くんの照れた顔見るの楽しいから、つい。』
「ハハ…」
僕は知ってる。
彼女がかっちゃんのことが好きだって事も、彼女と十数年の付き合いがある僕に、彼女がなんの感情も抱いていない事も。
いつまで経っても平行線。
この関係が変わる事なんて絶対にない。
僕のこの気持ちは報われることは無いんだ。
『ねね、そういえばさ。さっき、お茶子ちゃんと何話してたの?』
「麗日さんと?」
『なんかさっき楽しそうに話してたから。…出久くんってもしかしてお茶子ちゃんのこと好き、なの?』
「…ええっ!?」
"君のことが好きなのに?"と。聞いてしまいたい衝動に思わず駆られる。
そんな風に尋ねられたらいいのだけど、僕にそんな勇気はなくって。
名前ちゃんの可愛い勘違いを否定すれば「そうなんだ、」とまた可愛らしくへにゃりと笑う彼女。
その眩しさに直視できなくて、僕は逃げるように視線を逸らして先程の質問に答えた。
「う、麗日さんとは君の事話してて…っ!」
『………私のこと?』
「そう!!」
『…そ、そうなんだ。えー…なんか照れちゃうな。あっお茶子ちゃん、何か変なこと言ってなかった?』
「変?」
『す、好きなタイプ、とか。私の初恋の人がどんな人か、とか…。』
「あぁー…ちょこっとだけ…」
『えーー!!』
変な事、も何も名前ちゃんの好きなタイプや初恋の相手がかっちゃんなことくらい分かってるのに。
けれど、どうして話してた内容まで分かったんだろう。
そんな風に思いながら彼女を見れば、名前ちゃんは「お茶子ちゃんってば変な気を…」とぶつぶつ呟いている。
「やだやだ」と赤くなってしまった顔を手で顔を覆う名前ちゃん。
そんな様子を見て可愛いなぁ、と思ってしまう位に僕は彼女にきっと夢中なのかもしれない。
(麗日さんはあんなこと言ってたけど、やっぱりないよなー…)
"絶対大丈夫だから、"とか。"早く告白しちゃえ"だとか。
やけに前傾姿勢で熱くそう語ってくれた麗日さんには申し訳ないけれど、それはないと断言出来る。
これは諦めの悪い僕の完全な片思いだ。
「そっちこそ、さっきかっちゃんと何話してたの?」
『えっ、やだ!聞いてたの…?』
「ゴメン!あのかっちゃんが人の話をまともに聞いてるのなんてたまにしか見ないから…。なんか物珍しくて。」
ぎょっとする彼女に慌てて謝罪をする。
「話は聞いてないよ、」と言葉を添えれば少し黙って「そっか…」とまた赤くなってしまった名前ちゃん。
大きな瞳を床に向けて、ぱちぱちと瞬きをしながら押し黙ってしまう彼女。さっきの慌てぶりから見て、何か聞かれたくない話だったのかな…。
「…………何か怒ってる?」
『べ、別に。』
中身が無くなった紙パックのジュースをじゅ、と強く吸い込む彼女。
綺麗に整えられた眉毛が少しだけ吊り上がってるのに不安を覚えて、声をかければ「そこは聞いといてよ…。」と不満げな声に怒られてしまった。
「え…?なんで?」
『出久くんってば、本ッ当に鈍ちんなんだから…っ。』
「…??」
ますます分からない。
ぷりぷりと機嫌を損ねてしまった原因は恐らく僕なんだろう。でもどうしてこんなタイミングでいきなり怒りだしてしまったんだ…?
『…本当に分からない?』
「うん。」
『本当に?』
「ごめん」
『………』
明るいソプラノが聞こえなくなる。
俯いてしまったせいで名前ちゃんがどんな表情をしているか分からない。
僕の頬に嫌な汗が流れる。
「あの、」
『全部違うよ、多分。』
「えっ…?」
『出久くんが考えてる事、全部的外れだと思う。』
静かに、抑揚のない淡々とした声で名前ちゃんがそう言った。
それは僕の頭を一瞬で真っ白にするには十分すぎる言葉で。
「ー…っ、あの、名前ちゃ…っ」
『えいっ』
ふに。とほっぺたに柔らかい感触。
少しだけしっとりしていて、あたたかいそれが名前ちゃんの唇だと分かるのにそこまで時間はかからなかった。
そう頭で認識すれば僕の顔は一気に燃えるように熱くなって。
「えっ…な、っ…!!はぁ!?名前ちゃ…っ!!」
『…こ、こういう事だから…っ!』
「じゃあね、」と彼女は真っ赤になった顔を背けて駆けて行く。
僕はその場に置き去りになった形でぽつんと残されてしまった。
えっ…名前ちゃんから…キス?
未だに柔らかな感触が残る頬が熱い。
とくとくと鼓動する心臓は徐々に加速しているのに何故か頭の中はふわふわとしていて。
僕は思考のまとまらない頭を整理するべくノートを取り出した。
「名前ちゃんはからかうことはあっても冗談で誰かにこんなキスとかする女の子じゃないし、"こういう事だから"ってどういう事なんだ…?分からない…分からないぞ…。」
僕は今まで構築していた名前ちゃんについての考察を白紙にして、また一から彼女のことを考えることにした。
………………
『もうやだ!あの様子からして出久くん全然分かってくれてない気がする…!!』
「負けちゃいかんよ名前ちゃん…っ」
「この馬鹿ックソナードには正攻法以外意味無ェって言ってんだろが!!さっさと告れや」