※attention!
もんせさまのイラストを拝見して書き殴った代物。
檻から出てすぐ、及川が組を継ぐ前の下積み及岩。
「古傷に爪を立てて」番外編。
黒崎の趣味を詰めただけの小話。なのに終わらず。
以上をご了承頂けた方のみお読み下さい。
『摘んだ命の花をあなたへ。』
「めんどくせえな、くそが」
犬小屋、もとい人として生きるには人ならざる行いなくして生きられぬという矛盾を多分に孕む檻から出された及川と岩泉には、本家の近くにある家をひとつ与えられた。家と言っても組が持つマンションの一室なのだけれど、檻などよりは遥かにましであることは間違いない。ふたりだけでいられるのならば、築40年の木造安アパートだって安寧の地だと思っている岩泉にとっては特に。距離の近すぎるふたりに幾つも部屋は必要ないし、寝室すら分ける意味がないのだから。
鬱陶しくて煩わしい、我が儘でお喋り、そのくせ本当に吐き出したいことに限って多くを語らないという、要するに面倒な及川には岩泉を宛がっておけばどうにかなると、岩泉本人のみならず周囲も十分に理解したようだった。安易すぎる気はしなくともないけれど、それが事実であるのだから仕方がない。本家とてふたりが檻を機能停止させてしまうほどに暴れるとは思わなかっただろう。及川が無慈悲で異常な狂暴性を露にすることになったきっかけはもちろん岩泉で。何をされてもへらりと笑っていた及川は、岩泉へのある仕打ちを庇ってから後、反撃もとい殲滅へと動く。岩泉は及川と共にありさえすればそれでいいと思っていた。他には何も、誰もいらないと。けれど恐らく及川の岩泉に対する執着はそれを軽々上回るものであった。死なば諸共、死して尚その腕に。岩泉にしてみても、愛という言葉では片付かないその重さがたまらなく心地よいのだから、ネジのゆるみ具合も同じ程度なのだろう。組にとっての最大の僥倖は、及川の隣に岩泉があるということ、ただそれに尽きる。
「おい、行くぞ。三秒で終わらせる」
休日、非番とは、仕事をしなくてよい日なわけで。けれど会社員でも公務員でもない岩泉たちが、休日と称して丸々一日呼び出しもなく過ごせる日は存外少なかった。近い将来及川が組でも継げばある程度は自由になるのだろうけども。この日も及川が今日はデートだよと子供みたいにはしゃぎながら身支度を整えている最中に岩泉の電話が鳴ったのだ。仕事のときには葬式よろしく黒のスーツしか着ないふたりが、年相応にラフで落ち着いた色合いながらも黒以外を着て準備していたというのに。岩泉は舌打ちと共に即片付ける気満々であったけれど、やっぱりというか予想通りの有り様で及川は拗ねている。岩泉を連れてどこかへ行く気だったらしく、どのあたりをセットするのかいまだに不明な髪型も及川曰く完璧で、岩泉が選んだ岩泉の好きな匂いを纏った及川は頬を膨らませて和室へとこもってしまった。
ふたりの住まいにある和室には嵌め殺しのまん丸な窓がひとつ。あとは床の間に及川の気に入りの日本刀、行灯風のライト、落掛から吊り下げられている吊り香炉。他には何もない。大きなため息をつきながら岩泉は襖に手をかけた。そのあわいからすうっと迷い出る細い煙が、岩泉に纏わりつくみたいにゆらりと揺れた。
「出かけるんだろ。ぐずぐずしてんじゃねえよ」
「……俺はね、今すぐデートな気分なの。岩ちゃんと出かけるモードなの」
「だから、三秒で終わらせたらいいだろうが」
すぱんと襖を開け放つ。中では及川が灯りもつけず畳の上に大の字で転がっていた。部屋に籠っていた濃い香気に目の前がくらりと揺れる。麝香と白檀の香は及川の気に入りであると同時に、岩泉がこの匂いは好きだと言って選んだ代物。緋色の正絹組紐で落掛から吊り下げられている香炉は、銀色の毬のように丸く、花と鳳凰の透かし彫りが施されていた。これは祖父の住まいである本家に呼ばれたとき、及川が譲り受けたものである。日本刀を二口とこの吊り香炉を。日本刀はまだしも、岩泉からすれば得体の知れない銀の毬などを嬉しそうに持ち帰る及川に、哀れんだ眼差しを向けたことは記憶に新しい。大概頭のおかしな男だとは思っていたけれど、おかしさもとうとうここまできてしまったのかと。その使い道も使い方もわかった今では、存外悪くないものだと考えを改めた。この香と及川の纏う香水が混じった匂いは、どうしてかひどく心地がよく安心できるのだ。一緒にいるのだから当然同じ匂いを漂わせる岩泉に対して、及川も同じ感想を抱いたらしい。香を焚いて何をするでもなく畳に転がれば、それはゆるやかでとろりとしたふたりぼっちの安らぎの時間。そうして血で汚れた身を燻して浄化する、懺悔なしの葬送のひととき。
「起きろ。お前が行かねえんだったら俺ひとりで行ってくるからな」
「なに言ってんの。駄目に決まってるでしょ、行くから。バラしたらおしまいでいいの?」
「知らね。けど、どうせ俺らは最後の処理だべ」
寝転がる及川を見下ろすと、気だるげな色素の薄い瞳がこちらをじいっと見つめていた。長い睫毛に彩られた榛色は、薄暗い部屋の中でも淡く煌めく。鮮やかな面差し、滲む色香。及川曰く岩泉の艶に勝てるものはないらしいのだけれど、本人にそんな自覚はないどころか、空気よりも身近な存在が及川という事実を前に、岩泉がそれを認めたことは一度もなかった。
及川を跨ぎ、腹に乗り上げる。重いだろうに、この残念な男は嬉しそうだ。つと弧を描く唇に触れたくなった。ただ、どうしようもなく。
「デート、すんだろ」
「……ん、するよ」
ネクタイをぐっと引き、押さえつけた及川の身体はちっとも浮かなかったけれど、やわらかいと知りすぎるほどに知っている唇に己のそれをゆっくりと重ねた。
欲しがっているのは、触れたがっているのは。何もお前だけじゃねえんだよ。
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