組事務所と言っても、ここは一見すると真新しいオフィスやモデルルームかと見紛うほどの小綺麗な雰囲気を醸し出していた。白っぽい家具が多いのもそう見せる一因なのかもしれない。映画やドラマで見るみたいな、どでかい代紋を壁に掲げているわけでも、剥製や日本刀を飾っているわけでもなかった。及川の日本刀だって私室にひっそりと置いてある。何ゆえ刀を好むのか。じじいでもあるまいし今どき日本刀かよと誰に揶揄されても、及川は昏く笑うのみだった。銃で撃ち抜くだけではつまらないらしい。このご時世において、とかく日本では表立って銃撃戦だ何だと殺し合いをする文化も風潮もない。むしろ許すまじといった流れですらあった。けれど裏には裏の風が、色が、ある。鈍い黒で煌めきながら消えゆく光は誰に知られることもなく。狩られる前に狩るその灯火は、獣であってもヒトであっても等しく恍惚とするほどやわく儚かった。
関東の木兎や黒尾とは、青葉会と木兎たちの親である組が手を組んでいて年も近いということで、何かにつけて顔を合わせる機会がある。それぞれが個性的すぎて仲が良いのか喧嘩をしているのかわからないのだけれど。様々友好関係にある組の中でも、超武闘派として突出しているのは木兎の組。情報解析能力に長け相手を挑発することに全精力を傾けているのが黒尾の組。そうしてその間を取ったみたいと言えば聞こえはいいのだけど、岩泉にしてみれば面倒くささが二倍になっただけなのが及川の組であった。爽やかで軽い、真白を彷彿とさせる及川の昏さは、いっそ気違いじみている。恐らく他人は岩泉のほうが気が短く、何事も力で捩じ伏せる男だと思っているだろう。それも間違いではないけれど。ただ及川が甘い見た目とも、言動によって持たれるイメージとも、何ら合致しない性根であることを知る者は少なかった。
「岩ちゃん、充電」
「充電も何も今から帰るんだろうが」
私室に入り握っている手を離した及川は、脱いだスーツの上着をソファに放りネクタイをゆるめ、岩泉に向かって腕を大きく広げた。小さなため息をひとつ吐き出したのち腕の中に収まってやれば、ふふと満足げに笑む及川。ぎゅうっと抱き締められるのは岩泉とて嫌いではない。昏い夜を思わせる及川の匂いは岩泉が選んだ好きな香り。少しだけ甘い花と麝香の混じったそれがふわりと鼻腔をくすぐった。
「帰るけど。いま、充電するの」
「……んだよ、お前が腹立てるようなことは何もねえよ」
及川はよく笑う。ネジがゆるいのではないかと思うほどに笑うのだけど。感情のプラスマイナスに関わらないあたりがひどく面倒なのだ。本当に嬉しくて楽しいときは子供みたいな笑顔を見せる。出会った頃のはじめちゃんはじめちゃんと纏わりついていたときのあどけない笑みを。及川は当時から何も変わっていないのだと思い知らされる笑みを。対していまは甘ったるく榛色の目を細めて、唇がゆるい弧を描いていた。いつも岩泉に世界を見せるこの榛色はどこまでも透き通り、ほんの少し身体が震えた。どこまで及川が知っているのかはわからないけれど、きっと機嫌はよろしくない。自分の預かり知らぬところで岩泉が動き傷つくことを何より嫌う及川の勘は鋭かった。勘だけではなくて、髪の一本から爪の先まで見通すその瞳も。ただ岩泉にとってそれはどうしようもなく恐ろしくもあり、たまらない愉悦でもあった。
「そう。別に怒ってなんかないけどね。岩ちゃんに養豚場の飼育員さんは似合わないと思ってただけだからさあ。じいちゃんの話し相手も疲れたし、帰る前に甘やかしてよ」
抱き締めたまま及川の片手が背骨をすりすりと辿る。そうして耳の下あたりにちゅうっと吸い付かれ、岩泉の唇から短い吐息が漏れた。
「……っ、俺は、お前の飼育だけで手一杯だ…っ!」
突き飛ばすみたいにして及川をソファへと座らせ、眉間に皺を寄せたまま跪きベルトに手をかける。本来は及川の機嫌のとり方など造作もないことなのだ。ただ岩泉が羞恥心や己の矜持を差し出せばいいわけで。けれどそうは言っても、どれだけ長く近く共にあっても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだから仕方がない。いつまでたっても初めて抱かれるときみたいな反応を示す岩泉を前に、及川の笑みは一層艶かしく、深くなった。
「熱烈だね、おれ、食べられちゃうの?」
「……喰われてえんだろうが、くそ」
下着から引き出した及川のモノはゆるく勃ち上がっていて、その狂悪さに思わず舌打ちをする。刹那の逡巡の後、大きく舌を出し裏筋から先端までをべろりと舐めあげた。ひくり、淡いかたちがすぐに本来の、いつも岩泉を泣かせて蕩かすそれへと姿を変える。実のところ岩泉以上に素直ではない及川が、こうして素直すぎるほど欲情するさまは、見ていていたく気分が良かった。いくらでも寄ってくる美しい女にではなくて、目の前の岩泉に欲を煽られている。馬鹿で可哀想な男だ。けれどそれを悦ぶ自分も大概の馬鹿だという自覚はあった。
「……ん、っ…んんっ!」
先端の割れ目をくすぐるみたいにして尖らせた舌で舐めると、じわりと及川の味が滲む。そうしてつるりとした先端に口づけて、はむ、咥内へと迎え入れた。くびれにぐるりと舌を這わせる。いつも及川はモノを舐めるときには手を使うなと言うものだから、両の手は腰のあたりのシャツをぎゅっと握っていた。喉まで呑み込んでもまだ余るモノで咥内が満たされる。鼻に抜ける己の吐息は確かな熱を持っていた。
「岩ちゃんのお口はあったかくてやわっこくて気持ちいいねえ。たまんない」
「っ、んぁ!……っ」
つんつんして硬く見えるのだけれど、存外やわらかな岩泉の髪を撫でる及川が、うっとりとした甘い声音で囁く。岩泉は撫でられた猫みたいに目を細めて、きゅっと唇を締めた。じゅぷじゅぷ濡れた音を響かせながら唇で、舌で、咥内で、モノを愛撫してゆく。後から後から溢れてくる唾液でモノがてらてらと濡れ輝き、同じように岩泉の唇も煌めいていた。頭を上下させて、唇で扱き舌をモノに巻きつける。とろりと溢れる先走りも舌先で舐めとった。当然美味なるものではないけれど、それすら己のものだと岩泉は思っている。及川という男を形づくる何もかもが捨て置くには惜しいものばかりなのだ。
「ねえ、おれ、お前のとろとろまんこに早く突っ込みたい。帰りたいからもうイかせて?」
「んんっ!……ん゛っ!」
ぐっと腰を押し付けられて息が詰まる。とんでもなく我儘。今すぐ充電だと言ってみたり、もう帰ると言ってみたり。ただ岩泉とて及川の昂りを咥えて何とも思わないほど枯れてなどいなかった。帰宅するするためには少々苦しい思いが必要らしいのだけれども。
「……上手。きもちい」
「ん゛んっ!……っ!う゛ぅ、んっ!」
モノに喉奥を突かれ、胃がぐうっとせり上がる。同時に喉が締まり、そのぬめった窮屈さは及川を悦ばせた。懸命に舌を絡ませてはいるけれど、唾液はだらだらとこぼれ、握り締めたシャツには消えない皺を刻む。流れる涙を優しく拭った指が、すうっと髪を梳き、そうしてぎゅっと強く握った。更にモノを押し込まれ揺さぶられる。取り込めない酸素、粘度を持って溢れる唾液。ぐぽ、ぐちゅ、セックスをしているみたいな粘く濡れた音が遠くに聞こえた。
「ん……も、出そ…」
「っ!…んんっ!!」
「……こぼすなよ」
がつがつと喉を犯すモノが、ただでさえ大きすぎるはずのモノが、もっと大きくなったような気がする。このままでは息の根が止まると霞む頭が危機感を煽った刹那、舌に生ぬるく苦い味が広がった。どろりとしたそれは容赦なく咥内を満たしてゆく。喉に直接流し込まないのは悪趣味な及川のやり口で。
「……っ」
ずるりと出てゆくモノをぼんやり目で追った。濡れた唇に残滓を塗りつけ、唾液と精液がゆるりと糸を引く。
「少しだけ充電できたかな」
少しだけかよと殴ってやりたいけれど、当の岩泉はそれどころではなかった。握ったシャツをくいっと引き、及川を見上げる。涙は乾くことなく頬に筋を作り、うるむ猫目は睨んでみたところでいつもの鋭さなどありはしなかった。
んあ、唾液と精液にまみれた唇を開く。そうして白い精液をなみなみ湛える舌をべっと見せ、再びそれを咥内へとしまった。その際とろりと一筋粘液が顎に伝う。
「こぼすなって言ったよね」
にいっと笑う及川は、少しは機嫌が向上したのだろう、子供みたいに楽しそうだ。長い指が流れる精液を掬い、唇に塗り込むみたいにぬるぬると辿った。
「……んっ、っ」
唇を引き結んで咥内の精液をごくりと嚥下する。不味いのだけれど、甘く感じるのは何故なのだろうか。それは喉に絡みながらゆっくりと岩泉の一部になってゆく。身体が恍惚とした熱を発し、ふるりと震えた。そうして先ほどと同じように唇を開く。違いといえば、差し出した赤い舌にはもう白い粘液は残っていないということ。
「おりこうだね、お前は」
甘やかにやさしく、岩泉の世界は、わらった。
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