恋などくだらないと思っていた。それは今でも変わらないし、黒尾に対して抱くこの想いを恋だと言うのなら、くだらないを通り越して恋などするものではないと、疚しい気持ちを自覚した当時の自身に強く警告したくもある。

 知らなかったのだ。誰かを想うということは、こんなにも痛くて苦しいものなのだということを。





 月島に想いを寄せる者はそれなりに多く、高校時代はもとより大学生になってからも所謂告白というものは幾度となく受けてきた。けれど、容姿や学生生活で見せる顔以外何も知らないくせに、揃いも揃って『好きです』とは笑わせる。もちろん告げられる想いに応えたことは一度もなくて、繰り返される無意味とも思えるそれに、ただ嫌悪感やつまらなさが募るばかりだった。

 そんな自分が。そう、人としての何かが欠落しているのではないかと思うほどの自分が、たったひとりに触れたいと、あまつさえそのひとりが欲しいと望んでしまうなんて。しかも男に。我ながらまともではないと己を嘲ってみても、そもそも誰かに心を動かされること自体が初めてで、一体どこからがまともなのかはわかりようがないのだけれど。

 それでも高校時代はまだまともな部類に入っていたのだろうと思われる。宮城と東京という物理的な距離のおかげで合宿や試合のときに会う以外は、メールや電話でやり取りをするだけで済んでいたのだから。はじめは何か他の人にはない違和感、徐々に文字や言葉で互いを知ることでの親近感、それから合宿で会えるという浮わついた期待感。黒尾は卒業してからも合宿などには顔を出していて、じわじわとほんの少しずつ、けれど着実に月島の中で育っていったもの、それは確かに恋だった。

 月島が東京の大学へと進んだ頃、黒尾は経済学部在学中にも関わらずスポーツに関するコンサルタントビジネスを、やり手だと噂だったらしい先輩と共同で始めていて、卒業後の今では都内にオフィスを持つまでになっていた。業務はマネジメントにマーケティング、スクール企画運営や指導者コンサルティング等多方面に渡るが、伸び代はまだまだあるのだと言う。在学中もバレーは続けていたし、卒業後は乞われて臨時コーチを引き受けたり、母校やどんな子供でもバレーができる環境をと財団へ寄付をしたり、進んでバレーとも関わっていた。

 そんな黒尾は、月島から見れば、まばゆいほどに輝く強いひとで。
 都合のいい未来を描きたくなるほどに優しいひと。
 けれど他の人とは比べようもないほどに底が知れない怖いひと。

 勝ち負けの問題ではないのだろうけど、始まる前から勝負がついているとはこのことだ。だからこそ、想いは告げられなくて、告げたくなくて、いつも苦さと一緒に腑抜けた言葉を飲み下す。手の甲の噛み跡だけが、こぼれ落ちそうになるいとおしさの証であり、告げないと決めた自分への戒めでもあった。







「……っ、ん…は、ぁ…」


 くちゅ、先端からはとろとろと透明な粘液が溢れ、それをモノに塗りつけるみたいに指を滑らせる。黒尾曰く、月島は先走りと言われる類いのものが人よりも多いそうで。他人と比べたことなどないし、誰かと身体を重ねることも当然初めてなのだから自分ではわかるはずもないのだけど、黒尾が言うのならそうなのだろう。どこの誰と比べているのかは、あえて傷を作るほど被虐心があるわけでもないので聞かずにいた。


「んんっ……く、ろおさん…っ、くろお、さん!」


 ひとりきりの今だけは呼べるその名前を、唇が幾度も形づくり音にする。それだけのことでずくりと腰は重だるくなり肌が粟立った。握り込んだ手を上下に動かせば、ぐちゅぐちゅと纏わりつくような音に耳を犯され、蕩けた頭は黒尾のことしか考えられなくなる。自分の指が、時おり気まぐれにモノを弄ぶ黒尾の長いそれと重なり、まるで黒尾に触れてもらえたような、堪えられないほどの甘ったるい錯覚を起こした。


「っ、くろお、さん…くろ、おさんっ!ふ…うっ!くろ…んんっ」


 あの大きな手で強めに握られ、親指は裏の筋を辿り先端からこぼれる粘液を塗りひろげるみたいに薄い粘膜をこする。それにびくびく身体を震わせると、人差し指が鈴口をぐりりと抉った。ぴりっとした痛みにも似た刺激がモノを逆流しながら走り抜け、刹那腹の底から吹き上がる熱にぐうっと爪先を丸める。


「ふ、ああぁっ!…くろお、さんっ!っっ!」


 ぱたた…飛沫を上げた白濁はシーツを汚し、つい今しがたまで黒尾の手だった自分のそれもどろりとした残滓にまみれていた。粘つく手のひらをじいっと見つめ、普段他人に向けている皮肉を込めた笑みを己へと投げる。


「……妄想、とか。あたま、おかしいんじゃないの……何で…あのひとじゃないと、だめなの」


 きゅっとその手を握れば、ぐちゅり、それはどこか大切なところも一緒にひしゃげる、そんなかなしい音に聞こえた。






 星の数ほど男はあれど 
 月と見るのは主ばかり






 


prev|next
ALICE+