将来の夢 side S

『小さい頃からヒーロになるのが夢だったの!』


聞こえてきた声に、帰り支度をしていた手が止まる。
はつらつとした高めの声に、声の主が転校生の藤本であるとすぐにわかるほどに、すでにその声は耳に馴染んでいた。

“ヒーローになった姿想像できる”という猫島の声に「確かに」と思った。

転校してから、他クラスのやつに「どんなやつ?」と聞かれれば、脳裏に浮かぶのは人当たりの良さそうな笑顔だ。
いつも自分から積極的に話しかけに行くタイプで、気がついたらずっと前からこのクラスにいるんじゃないかと思わせるくらい、クラスに馴染んでいたし、周りから慕われているがわかる。

転入してきた直後に、職員室を案内したの印象が強く残り、なんとなく藤本の存在を気にしていたとは思う。

声を覚えるほど会話をしたわけではないのに、耳に馴染むのは藤本のことを気にしているからなのか、それとも 藤本がクラスで発言する機会が多いからなのか、理由はわからなかった。

どちらにしろ、彼女の口から出た「ヒーロー」という単語を聞いて、複雑な感情を抱いてしまったのは事実だ。

親父の顔やお母さんの顔が脳裏にちらつく。
火傷の跡が痛む。

気がつけば、カバンに入れるはずだった教科書をぐっと握りしめてしまっている始末だ。

嫌なことを考えないようにするように、握りしめていた教科書をカバンにしまい、早足に教室を出た。





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『轟くん?』


駅に着けば、俺より先に学校を出たはずの藤本に会った。
なんでまだこんな場所に?と思ったが、歩く速度が単に藤本より早かったんだろう。

そのまま横に並んで歩きはじめる藤本に、歩くテンポを合わせれば、帰る方向を尋ねられて会話が始まる。
藤本の最寄駅は自分が降りる駅の一つ前の駅のようだ。

引っ越してから1ヶ月もたってないという藤本は、まだ家の周りの店を開拓中のようで、知ってる店を紹介してやれば、とても感謝された。

素直とは藤本のようなやつを指しているんだな、と一人で納得する。


ーー小さい頃からヒーロになるのが夢だったの!


明るい表情に、ふと先ほど教室で聞いたセリフが思い出された。
今の時代、ヒーローを目指しているやつはたくさんいる。
それなのに、出会ってからまだ間もない女の子がヒーローになって活躍する様子が、なんとなく想像ついてしまう。

こいつの人柄がそうさせているのかもしれない。
きっと綺麗な感情でヒーローになりたいと言っている藤本をみて、自分の抱くヒーローへの感情との差を感じてしまう。
さっき、親父の顔やお母さんの顔がちらついたのも、きっとその差を感じ取ったからなんだろう。

電車の窓に寄りかかる、小さな女の子の目線で、ヒーローというものを見てみたい。



『えっと、なんかついてる・・・?』

「わるい、見すぎたな・・・」



ふと、藤本の顔がこちらを向き、気まずそうな顔にじっと藤本を見つめすぎていたことに気がつく。



『なんか、ゴミとかついてるかな・・・?』

「いや、そういうわけじゃねえんだ・・・」


どこだろうなんて、仕切りに髪の毛や制服を気にし始める藤本に、違うと伝えれば、安心したように少し笑ってから、不思議そうにこちらを見た。
散々見ておいて、何もないなんて回答はできずに、思ってたことを口に出す。



「・・・将来、ヒーローになりたいのか?」

『うん、小さい頃からの夢だったの』


夢を聞かれただけなのに、嬉しそうに話す藤本の笑顔がとても眩しい。


「さっき、教室で猫島と話してるの聞こえてきた」

『あ、そうだよね!大きな声で恥ずかしいね!』

「いや、ああやって話せるってことは、本気で向き合ってる証拠だろ。」


すごいと思う。そう伝えれば、また笑顔でありがとうなんて言われる。
特にお礼を言われるようなことはしてないが、コロコロと変わる表情は見ていて飽きることはなかった。


『轟くんは?進路決まってるの?』


投げかけられた質問に思考が一瞬止まる。
将来のことなんて、しばらく聞かれたことなんてなかった。

勝手に広まっていくNo2の息子である事実。当然ヒーローを目指すに決まっていると、周りはみんな思っているから。

声に出すのはいつぶりだろう。自分がどうしたいかわからなかった。
ヒーローになりたいというワードを素直に口に出しにくい。
親父を認めさせてやるために、俺は今・・・


「・・・俺も、ヒーロー」

『おー!じゃあ一緒だね!一緒に立派なヒーロー目指そうね!』


結局、最後まで言い切ることはできなかった。
逆に言い切ることをせずに伝わったことに、安心している自分がいる。

それでも、不安も苛立ちも全て包み込んで流すような言葉に、心が少しだけ軽くなった。



『あ!もしかして、轟くんも雄英ヒーロ科?』

「ああ、雄英目指してる」

『ほんと!?じゃあきっと進路別の授業一緒だね!』


いつかきちんと自分の言葉で、最後まで言い切ることができるだろうか。
今はそれがかなわなかったとしても、最後まで言い切れるようになったら、聞いてほしい。
わからないことあったら教えてね、と微笑む藤本を見て、そう思った。





シャローム