涙の意味








「妙だな・・・」

「どうかしたのか?フィン」


ここはダンジョンの中層。
中層といっても深層を目前とした場所だ。

ロキファミリアの団長であるフィンは、ファミリアに所属するリヴェリアとガレスとともに、ダンジョンへ探索に来ていた。


「モンスターが少なすぎる」


いつもなら、デッドリーホーネットが騒ぎ出してもおかしくないころなのに、ほとんど姿を見ていない。
それどころか、回収されずにそのまま置き去りにされた魔石があちらこちらに転がっていた。


「これを見る限りでは、他のパーティが先に通っていったということになるな。」

「だとしたら、こんな魔石を置き去りにすることもなかろう。何かトラブルにでもあってるのではないか?」


リヴェリアとガレスの言う通りだと思ったフィンだったが、なぜだか納得できなかった。


「パーティが通ったにしては痕跡が少ない・・・」

「フィン、何が言いたい」

「先を急ごうか、少なくとも何かトラブルが発生してることは間違いないだろう」


リヴェリアの質問にフィンが明確に答えることはなかったが、3人が不可解に思う内容はすぐに解決することとなる。

散らばっている魔石を目印に先に進めば、モンスターの苦しむ声が途切れることなくこちらまで聞こえてきた。
たまに見かける血痕は冒険者のものに違いなかった。


進めば進むほど、モンスターたちの声は大きくなる。


「この先には、確か大きなルームがあったはずだ・・・!」

「どうやらモンスターにやられてしまったわけではないようだな」

「そうだね・・・、血痕が少ない」


ルームに出るのであろう、奥に光が見えた。
詳細は逆光で確認することができないが、そこに出ればすぐにわかることだ。

そんな詳細を知るために光の元へ急ぐ3人の耳に、初めてモンスターとは別の声が聞こえた。


『ヴィーズ・バーラ!!』


声が聞こえると同時に、ひらけた場所に出れば、少女が巨大な魔法陣から集まったモンスターたちに向け広範囲の攻撃を仕掛けていた。
見る限り相当な数のモンスターが集まっていたし、その中には巨大なモンスターも含まれていた。

放たれた攻撃は一体一体の急所を確実に捉え、モンスターたちはただの魔石へと化していく。


「あの子がひとりでやったのか・・・?」


周りに他の冒険者の姿は見えないことから、ここまでの道のりのモンスターは全てあの少女が討伐してことが、にかわかに信じられないが、確定しようとしていた。
放たれた膨大な魔法にリヴェリアが思わず声を漏らす。

「おい!あの小童意識がないんじゃないか?」

しばらく成り行きを見守っていたが、魔法を放った当の本人が抵抗せずに落ちていく姿を見てガレスが反射的に声を上げるとともにフィンが一気に駆け出した。


「間に合えッ!!!」


フィンが無抵抗に落ちていく少女に大きく手を伸ばす。

手を伸ばし、地面を蹴ってから少女の顔がはっきり目に入ってくる。

目を瞑っていた、顔色はいいとは言えなかったが、なぜかとても幸せそうな顔をしていた。
それなのに、意識がないであろう少女の目尻は湿っていた。


(泣いてる・・・?)


両手でしっかりと少女をキャッチすると、怪我をしないように庇いながら着地した。


「フィン!大丈夫か?」

「ああ、僕は大丈夫だ。」


少女はやはり気を失っているようだった。


「みたところ、大きな怪我はなさそうだけど・・・リヴェリア見てあげてくれるかい?」

「ああ、任せろ。」

「ガレスは僕と周りに他の冒険者がいないか探しに行こう」


フィンから少女を預かったリヴェリアは、服をまくり体に大きな傷がないか確認する。

フィンの言った通り、大きな怪我はないようだった。
ということは付着した血痕はほとんどモンスターのもの、ということになる。

あれだけの大きな魔法を放つことができる冒険者、噂になってもおかしくないはずだ。
しかしながら、そんな話は聞いたこともなかった。


(この子は一体何者なんだ・・・)

額に手をかざし、治癒魔法をかける。

少しだけ血色の良くなった顔を見ながら、リヴェリアの疑問は増えるばかりだった。


「様子はどうだい?」

「大きな怪我はなかった。あれだけの魔法を放ったんだ、魔力が切れたんだろう」

「周りに冒険者もおらんかった。本当にこの子供が一人でこの階層を制したというのか・・・」


フィンが違和感を感じていたところはまさにそこだった。

こんな深層に近い場所にソロで探索に来れるほどダンジョンは甘くない。
つまりここまでくるにはパーティを組むのが第一条件だ。
しかし先程の痕跡はパーティが通った後ではなかった。
ソロで来れるはずがない場所にパーティの痕跡がない。
しかし誰か通った痕跡はある。
矛盾している、信じがたい状況も自分の目で確かめてしまったからには信じる他なかった。


「とりあえず、今日はもう折り返そうか・・・この子をどうにかしないといけないし」

「そうだな」

「では、わしが担いで行こう」


全てはこの子が目覚めればわかること。
既に想定しうる一つの可能性は胸にしまって、3人と抱えられた1人の少女はダンジョンを後にした。