いつかどこかの心音

 私は今朝から憂鬱だった。だって今日はきりえとしおりと一緒に散髪及びショッピングに行くからだ。私はあまり人と一緒にいることが好きではない。気を使わなくちゃいけないし、なにしろ会話が続かなかったときのあの沈黙が嫌で嫌でたまらない。あんな思いをするくらいなら、ひとりで買い物に行った方がマシだ。私はこういう考えをするタイプである。
 しかしながら今日は、そんなことは言っていられない。なんせふたりが私のために一日を潰してくれるというのだから。私は今日だけはとことんこの優しさを甘受しようと心に決めた。

「なまえ!行くわよー!」
「うん」

 私が今着ているのはきりえのワンピース。きりえが選んでくれたものだ。きりえが着るとロングワンピースになるのだが、私が着ると丈がちょっと短くなる。でも袖の部分はゆったりとした構造になっているので、身長が少し大きい私でも難なく着られた。私のことをいろいろと考えてこの服を選んでくれたのだと思うと、なんだかぽかぽかした。

「お、どうした?出かけるの?」
「あ、じんゆういちだ」
「うん、じんゆういちだよ。髪、切りに行くの?」
「そう。きりえたちが切りに行けってうるさいの」
「これこれ〜〜なまえさん、うるさいとはなんだね〜〜?」
「うわ、このモードに入ったしおりはめんどうなんだった……」
「うんうん、仲がよさそうでなによりだな」
「またそうやって適当なことを……」

 しおりは私の背後から私の頭にぐりぐりと手をねじ込む。程よい強さで、ここ最近の片頭痛も癒されそうだ。

「で、どのくらいまで切るんだ?」
「決めてない。でもきりえが前の私はセミロングだったって言ってた」
「うーん——」

 じんゆういちは私の髪を指で触って髪を耳にかけたりしながら、どれにしようかなあとつぶやいている。きっと未来をみて、いくつもの選択肢で吟味しているのだろう。私も過去視ではなく未来視がよかったなあと思ったけれど、すぐにその考えは辞めた。他人の過去を視るのでさえあんなに辛いのに、未来を視るなんて、どれほどの痛みや苦しみと戦わなければならないのだろう。私は、そんな人生はごめんだ。
 じんゆういちが未だに選択肢で迷っているようだ。過去視を使ったからわかる。じんゆういちは、ぽつりとなにかを呟いたあと、私の髪を弄っていた手を頭に乗せてさらさはと撫でたあと、言った。

「好きな髪型にしたらいいんじゃない?」
「えっ——」
「なあに?どうかした?」
「いやだって、さっき……」
「ん?ああ、使ったんだ?サイドエフェクト」
「…うん」
「本当のことだろ」
「ええーー……」
「ほら、いつまでそんなことやってんの!早く行くわよ!」
「う、うん!」

 私は頬の熱さが一刻も早く戻りますようにと願いながら、きりえたちのもとに駆け寄って支部を出た。でも案の定、ふたりには頬の赤さを揶揄われた。

♢♢♢


 最初に三人で向かったのは、きりえとしおりがよく行くという美容院だった。ここにいた頃の私もよく通っていたらしい。私は店よりもその店の前に置いてあったくるくる回る機械の方に目が奪われて、それをしばらく眺めていると、きりえに怒られた。ごめんって、すぐ入るからそんなにおこらないでよ。
 髪を洗われている最中、私はどんな髪型にしてもらおうかなと考える。ここにいた時のことはわからないけれど、少なくとも向こうにいた時の私はこんな体験をしてこなかったから、ずっと髪を伸ばしっぱなしだった。その為、かこさんに髪を切られる前は腰くらいまで髪があった。それも、私の意識が切れそうなときにスパッと切られちゃったのだけれど。
 椅子に誘導され、さらさらした大きめのお洋服みたいなものを腕に通された。首に巻かれたタオルがくすぐったい。髪の毛を切るのにも一苦労だなと思った。

「今日はどんな髪型にしましょうか」
「うーん…」

 ここに来る道中も、さっき髪を洗われている最中も、どんな髪型にしようかずっと考えた。そして出した私の結論は意外とあっさりとしたものだった。

「セミロングで」
「——わかりました」

 私がセミロングと言った瞬間、店員さんの表情が変わった。そういえばこの店に入った時も同じような表情をしていたなと思っていると、過去の私がこの店員さんと仲良く話をしている光景が視えた。そういうことかと私がひとりで納得していると、後ろからきりえが話しかけてきた。

「いいの?前と一緒な髪型で」
「うん。髪の毛を結んでいた方が楽だから」
「ふーん」
「本当は坊主がよかったんだけど」
「それはだめ!!絶対にだめ!!」
「うん、前にきりえがそう言ってたのみえたからやめた」

 それに、と言葉を続けようとしたけれど、その言葉は飲み込むことにした。じんゆういちがぽつりとつぶやいたあの言葉。最初はなにを言ったのか聴き取れなくて、サイドエフェクトを使って聴いてみたら恥ずかしくなって本人の顔を直視することさえできなくなりそうになったあの言葉を。

「それに、なに?」
「なんでもない。きりえは坊主が似合うだろうなって思っただけ」

 私の返答を聞くと、きりえはまたギャーギャーと騒いでいた。私が本当はそんなことを思ってもいないことなんて、彼女たちは知る由もないから、このまま黙っておこう。さすがにじんゆういちに「どの髪型でも似合うけど、前のやつが好きだな」と言われたからその髪型にするなんて、誰にも言いたくないからね。彼のことはただのおひとよしだとしか思っていないけれど、こうもわざと掌で転がされたくなるのはなんでだろう。