懐かしい世界

 私は頭を抱えながら道を進んでいた。それは、いろんな人の過去が頭の中に入ってきてくらくらするからだ。とりあえず、ラウンジに行ってじんゆういちと合流しなければいけない。
 今日、会議に呼ばれた日以来、久しぶりに本部に来た。周りには同じ様な格好をした人たちで溢れかえっている。みたところ、彼らはC級と呼ばれる人たちのようだ。まだ服をカスタムする権限は与えられていないらしい。
 ラウンジに着くと、じんゆういちのような、でもちがうような人がいた。隣には、草むらで遊んでいそうな男の子と、優等生っぽい女の子、そしてマイペースそうな、でもやるときはしっかりやりそうな男の子がいた。じんゆういちのような人が私を見つけて手を振った。

「みょうじ!こっちだ!」
「……だれ?」

 いつも聞く声色とは全く違う声。だけど見た目はそっくりで、違うところといえば目と髪の色くらいだ。あとはそうだな、服装もちがう。前言撤回。この人、じんゆういちに全然似てないや。

「俺は嵐山准。それでこっちが佐鳥、その隣が木虎、そして時枝だ」
「……はじめまして」

 ぺこりと頭を下げると、あらしやまさんが「まあ、そう固くなるな」と言って近くにあった椅子に腰かけるように言う。そして私にメニュー表を渡して、昼食を頼むように急かした。私は言われるがままに食べたいものを注文し、食事にありついた。

「嵐山」
「迅!遅かったな!」

 じんゆういちがラウンジに来たのは、私がもうあらかたご飯を食べ終わったころだった。彼が来るまでずっとあらしやまさんたちに話しかけられ続けていたため、私はやっと静かにご飯が食べられると思い、心底安堵した。

「おそいよ」
「ごめんごめん、途中で駿にランク戦しようって捕まったんだ。それに、嵐山隊と仲良くご飯食べてるとこみえてたからいいかなって思って」
「ぜんっぜんよくない……」
「まあまあ、そんなこと言わずに」

 おれはカレーにしようかなと言いながらお品書きを眺める彼は、まったく反省していないようだった。私は深く息を吐きながら、彼の方に向き直る。

「で?どうして私をこんなところに呼び出したの?ランク戦なら支部でも観れるでしょうに」
「慣らしのためだよ」
「慣らし?私のことなめてるの?」
「舐めてないって。どうした?そんなに怒って」

 どうせこうやって私が怒るところも全部全部視えていたくせに、じんゆういちはまるで知らないような素振りをして話しかける。彼は沢山のことを抱えて、自分ひとりだけで他の人が見えないように処理して、そしてもっと沢山のことを守っている。そんなことくらい、わざわざ言われなくとも分かっている。彼の過去を、全部みたんだ。本当はあんまりみないようにしなければならないんだけど、こればっかりはしょうがない。だって目の前で私とすれ違った人の過去は必ず全部流れてくる。みないようにしようと頑張っても頑張っても、これだけは防ぎようがない。不可抗力だ。れいじさんとじんゆういちには「極力過去をみないようにする」と約束はしたし、少なくともれいじさんは私がそれを行うことができると思っているのかもしれないけれど、実際のところ全然守れていないし、そんなことはできない。もしかすると、みえるものを選別することはできるのかもしれないけれど、残念ながら、私にはその能力はないのだ。そしてきっと、そんなことくらい目の前にいるこの男には知られているのだろう。だからわざわざ人が多いこんなところに来るように言って「慣らし」をしようというのだ。何か言いたいのなら私に直接言ったり行動を起こしてくれたりしたらいいのに、彼はそういうことを全くと言っていいほどやりたがらない。大事なことはなんにも言わない。みえている最悪な事象は出来る限り自分で暗黙下で処理——つまり暗躍——して済まそうとする。これも多分、それの一環で、私は彼の手のうちで転がされている。これはただの私の憶測にすぎないけれど。

「急に本部に来てって呼び出されたのに呼び出した張本人はいないし、なんかきみに似たような人に話しかけられてご飯中ずーっと質問攻めだし、全然連絡来ないし、やっと来たと思ったらへらへら謝られるし、そりゃあキレるに決まってるでしょうが」
「…ごめん」
「ほんとにごめんって思ってる?」
「思ってるよ。だから機嫌直して?」

 そのまま徐に私の頭をさらさらと撫でて、また謝罪の言葉を口にする。当の私は眉にぐっと力を込めたまま彼の顔を見つめた。すると今度はその眉間に寄った皴を解される始末だ。まったく、私はいくつになっても彼の手に上でころころと転がされるようだ。さすがの私も降参して、大きく息を吐いた。

「私もごめん、怒ったりして」
「今回のはおれが悪かったよ、ごめんな」
「あの〜もう終わりました?」

 この子は確か——佐鳥、くんだったか。佐鳥くんが頭を掻きながら私たちの方に気まずそうに視線を向ける。周りにいた嵐山隊の中で時枝くんと嵐山くん以外はなぜか同じように視線をそらされた。とてもうぶだと思った。

「仲がよさそうでなによりだな!」
「ですね。ここの関係が悪化していたらどうしようかと思いました」
「それってどういう…?」
「あー!ちょっとふたりとも、それ以上は言わなくていいから!なまえも過去みないで!」

 じんゆういちは私の目を手で覆い隠して、過去をみないように物理的に邪魔をしてくる。そんなことをしても私には無駄なことくらいもう知っているはずなのに。でも、私には三人がどの過去の話をしているのかさっぱりわからなくて、正直に「どれかわかんなかったよ」と返した。

「…みたんだ」
「残念ながら全部みたよ。というか不可抗力だよ。みないように心がけても勝手に入ってくるんだもん。きみの持っている能力と同じ。だから、ここで白状しちゃうけどれいじさんたちと交わした約束は全く守ってないの」
「それは知ってるけど、選別はできるだろ?」
「選別?なにそれおいしいの?」


 その言葉を聞いたじんゆういちは私に 「やっぱりね」と言って、そのまま私の手を引っ張って歩きだした。その後ろから嵐山隊もついてくる。私は一体どこに連れていかれるのだろうと思い、じんゆういちをキッと睨みつけた。本人にはさらりと躱されたけど。

♢♢♢


「ここに来たことはあるか?」
「何度かみてはいたけど、実際に来たのははじめて」
「そうか。本当は手合わせをお願いしたいところなんだが、生憎迅が煩くてな」
「わかる。じんゆういちってうるさいよね」
「ちょっとふたりとも?」

 本部内部の説明をあらしやまくんにしてもらっているうちに、私の隣にはじんゆういちではなくあらしやまくんが立っていた。ちらりと迅悠一の方を見れば、他の嵐山隊の人と話しているようだったので放っておいたところに先程の台詞だ。私たちの「うるさいよね」に焦り始めたじんゆういちを見て、あらしやまくんと顔を見合わせて笑う。

「おれってそんなにうるさいかな…」
「基本的にうるさくはないですけど、なまえさんのことになると過保護になりがちですよね」
「時枝にもそう言われるってことは相当だな……」
「あれ?もしや、じんゆういちがかなり落ち込んでる?」
「落ち込んでるな」

 あからさまに負のオーラを発するじんゆういちに、私は声をあげて笑いそうになった。隣であらしやまくんは「迅は昔からみょうじだけには弱いからな!」となぜか嬉しそうに言っていた。たしかに、過去をみた限り、じんゆういちは私をずっとあまやかしていた気がする。当時の私はどう思っていたのかわからないけれど、確実に彼は私に弱かった。だけどその時の私はそれをいいように使おうとはしなかった。それが彼にとっては心地よかったのかもしれない。まあ、私がみえるのは誰かといた時の私であって、私の過去そのものではないから、私の全容が掴めないことには変わりないのだけれど。
 そうしてその日はずっと私は訓練室にいさせられた。じんゆういちの言う「選別」のために。
 「選別」とは、簡単に言うと取捨選択すること。これからも着るであろう必要な服と、これからはもう着ないであろう不必要な服を選んで捨てるように、みえる過去を必要に応じて摘まんで選び、そして場合によっては捨てろと彼は言っているのだ。そんな無茶なと思ったが、ここ、ボーダーにはざっと数えても数百人はいると思われる。だから彼らの正直言って全然変わり映えしない過去をみつづければいずれ「選別」できるようになるだろうということらしい。「大丈夫、なまえならできるよ」という未来視の人のお墨付きももらってしまってはできないと弱音を吐くのも憚られる。彼はきっとこの効果を狙っているのだろう。

「未来みたけど、帰る頃には私、へろへろになってるよ」
「はいはい、そんなこと言ってないで頑張ろうな。今これ習得しておかないと後々大変だから」
「えっなに、こわい」
「えっ未来みえるんじゃないの?」

 右足でじんゆういちのお尻を蹴飛ばせば、楽しそうに笑った彼の姿が目に入って、私も思わず笑ってしまった。