誰かと誰か

「久しぶりね、なまえちゃん」
「お久しぶりです、カコさん」
「じゃあ、加古さん。後は頼むよ」
「ええ、任せて」

 ひらひらと手を振りながら迅は、乱闘が起こっている方面へと向かっていった。みょうじはその様子を眺めながら、迅の姿が見えなくなった頃合いで、加古の方へ視線を移してじっと加古を見つめた。

「中距離系ね…近距離もいけそうな口だけど、それは時と場合によるって感じかな」
「どうかしたの?」
「いえ、なんでも」

 ぶつぶつとみょうじが加古の戦術について独り言を言っていると、加古が「まあ、細かいことは気にしないで、やりましょ」と戦闘態勢に入る。みょうじは、加古さんはやけに切り替えが早いなと思いながら、トリオン体に換装した。換装後のみょうじの格好を見た加古は大きく目を見開いたあと「あら」と声を漏らした。

「今でもボーダーのトリガーを使っているのね」
「はい。身体が一番慣れているので」
「そう。じゃあ、始めましょうか」

 加古は本部の方へ向かって走った。それを追ってみょうじも本部を目掛けて走る。ふと、加古が後ろを向いてアステロイドを放った。みょうじはそれをシールドで防ぎながら建物の陰に一旦非難した。加古はその隙に住宅の屋根に上り、そのまま突き進んでいく。

「なるほど、そいう算段か」

 なぜ自分をわざわざ己の城に招くようなことをしているのか。それがみょうじにとっては謎だった。しかしそれは今し方はっきりした。加古は、みょうじの対戦相手として先頭に及んでいる今この一瞬と同時並行で、身柄を本部に明け渡すべく意図的に自らの本拠地へと赴いているのだと。そして、きっとこれは本部の判断ではなく、加古本人の独断なのだろうとみょうじは思った。そうと分かればその作戦に乗ろう。みょうじはそう決めた。
 グラスホッパーを起動させる。そしてそのまま、身を隠していた間に生じた加古との距離を一気に縮めた。その距離は零。
 刀がぶつかり合う音が聞こえる。それは一度ではなく何度も辺りを響かせた。両者とも単体のスコーピオンでお互いを削りあっていた最中、みょうじがもう片方の手からまた新たなスコーピオンを取り出し、加古の攻撃を片手でかわしながらもう一方の手で首元に刃を向けた。

「厭らしい戦い方ね」
「カコさんこそ、前よりもスコーピオン使いこなしてますね」
「あらそう?ありがとう」

 加古の首元からはトリオンが漏れ始めた。受けた傷は浅かったようで、なんとかトリオン体を維持している。

「そういえば、私ってオペレーターの人から見えているんですか?」
「見えていると思うわ。もとはボーダーの人間だから」
「了解です」

 それがどうかしたの?という加古の質問には返答せず、みょうじは手に弾を出した。

「アステロイド」

 まるで花火のようだ、とみょうじは思った。なぜそう思ったのかはわからないが、きっとこの街の人が私にそう思わせているに違いないとも思った。弾は加古に向かって伸び、シールドにあたった。運よくそれが崩壊しないかと期待したが、シールドは形を保ったまま加古を護った。

「玄界の成長も凄まじい、か」

 みょうじが不意に放った言葉に加古は目を丸くした。そしてそのまま加古は、何か仕掛けを施しながら後ずさりをした。加古もみょうじ同様、周囲に弾を浮かばせ、その弾をみょうじ目掛けて放った。

「アステロイド」

 加古の弾丸がみょうじのシールドを削る。そのスピードは、加古のときよりも速いことが窺えた。これだけ発展している都市だ。もしかすると私のシールドは旧型なのかもしれないとみょうじは即座に考えた。
 加古はもう一発、弾を弾を出して攻撃した。その時に別の方向へと進む弾が確認できた。みょうじは咄嗟にシールドで防ごうと思ったが、現在出しているシールドも寿命を迎えそうだった。
 シールドをアステロイドの攻撃範囲ぎりぎりまで縮め、強度を上げる。そしてそのまま反対方向にもシールドを展開し、ハウンドの攻撃を防御する。しかし、アステロイドの方に使っていたシールドは破壊された。みょうじは素早くその弾を避けようと身体をくねらせたが、時既に遅し、腕、及び腹部を負傷した。ハウンドはなんとか防ぐことができた。みょうじはトリオンの漏出が膨大である腹部をスコーピオンを変形させることで、応急処置を行った。
 みょうじは加古との間合いを詰めようと距離を詰める。その時、みょうじは負傷した方の腕を切り、ある一点に投げた。そしてそれと同時にバッグワームを装着した。切れ端からのトリオンに誘導されて、加古はそこにみょうじがいると思い込み、ひそかに設置してあった弾を爆発させた。その爆撃音はかなりの広範囲まで響いた。

「なまえちゃんの行動、捕捉できるかしら」

 加古はオペレーターにそう告げた。しかし、担当オペレーターの返答はノーだった。
 加古はあたりを見回す。みょうじの姿が見当たらない。あの時あの質問をしていたのはこのためだったのかと加古は頭を抱えた。みょうじは昔から、無意味な行動はしない人だった。それは向こうに行っている間により顕著になったような気がする。まるで殺戮兵器のように。
 そのとき、みょうじが加古の背後からグラスホッパーを使って距離を縮めてきた。そしてスコーピオンを取り出して過去の心臓目掛けて刃を放った。

「残念ね、一手遅いわ」
「えーふつうこれで死にません?カコさんが異常なだけですよ」

 加古はスコーピオンでみょうじの一手を塞ぐ。みょうじはバッグワームで過去の懐に入ろうとしていたのだが、加古はそれを間一髪受け止めたようだ。しかし、みょうじにとってこれはプランA。これがだめなら、プランBに移行するまでだ。

「甘いですね。私がそんな素直な人間に見えますか?」
「何を言って――」

 道路から光が差す。それは太陽による自然な光ではなく人工的な光だった。その光は迷うことなくこちらへと進んでくる。加古はまずいと思ったが、何か手を打とうにはもう遅く、ただ撃たれるしかなかった。

「ハウンド」

 その言葉を聞いた時に、加古は先ほどまでみょうじが「アステロイド」だと言って放っていた弾は、本当は「追尾機能を切ったハウンド」だったということを思い知らされた。そういえば、ボーダーに彼女がいた時によく使っていたのはハウンドだったと、加古は今頃になって漸く思い出した。これに関しては自分の落ち度。倒されても文句は言えないわと加古は思い、敗北を受け入れ、忍田本部長と迅にどう弁明しようかと思いを巡らせたときに、加古の身体をシールドが覆った。

「誰?」

 みょうじがそう漏らしたときに、隣からありえないスピードで射線を繋ぐ人影が見えた。そのままみょうじは真っ二つに切られ、トリオン供給器官は破損し、換装体から元の服装に戻った。

「あら双葉、どうしてここにいるのかしら。それになまえちゃん、なんでベイルアウトしないの?」
「ああ、その機能は外されちゃったんですよね。要らないとかなんとかで」

 「え?あれって外せるの?」という加古の言葉は無視をして、みょうじは目の前の人物を見据えた。理解不能な速度で自分を斬ったその人物に、興味を覚えないはずがなかった。加古はがその様子に気付いて、黒江の紹介をしようとしたときに、黒い人影がみょうじの手を引いた。

「悪いが、お遊びはここまでだ」

 加古らが談話しているところに、今回の侵攻の首謀者であるハイレインとミラがやってきた。加古とみょうじは、いつの間にか本部の目と鼻の先にまで到達していたらしい。みょうじのハウンドによる攻撃時、黒江が加古のカバーに入れたのは、この距離のおかげだった。もう少し離れていたら、加古はベイルアウトしていただろう。
 加古と黒江はすぐさま戦闘態勢に入る。一方のみょうじはというと、何も臆することはなくただ涼しげな顔をしたハイレインらを見つめていた。

「表情の割には焦っていますね、任務は完遂したんですか?」
「いや、邪魔が入った。撤退する」
「わかりました」

 みょうじはハイレインらのもとに近寄ろうとする。しかし、それを加古、黒江の両名が許すはずがなかった。

「行っちゃだめよ、なまえちゃん。あなたはここに残りなさい」

 加古はみょうじの顔を自分の胸に押し当てた。しかしながらみょうじはイエスとは言わない。「私は彼らと一緒に戻らなければいけないので」と言ってきかない。いくら加古がボーダーのみんなが待っていると言っても、みょうじは首を縦に振ることはなかった。

「なまえちゃん、向こうで何があったの?」
「おしゃべりはもう済んだか。行くぞ、時間がない」

 ハイレインが加古に近づいて、みょうじに帰還するように命じる。みょうじもそれに同調するように加古の元から離れようと、彼女の肩を押すが、加古はより一層みょうじを抱きしめる腕を強くした。

「彼女は渡さないわ。だって私たちの仲間だもの」
「隊長、もうすぐ時間です」
「分かっている」

 ハイレインはみょうじの髪を鷲掴みにし、思いっきり引っ張った。みょうじは呻き声をあげて「カコさん、離して」と僅かな声を漏らす。みょうじの身体が宙を舞い、もう少しでハイレインらの乗る遠征艇に入るというとき、加古はスコーピオンを伸ばし、その刀身でみょうじの髪を切った。そのままみょうじの身体は地上に落下していく。

「双葉!」
「はい!」

 黒江がみょうじのフォローに入る。それと同時に、ハイレインらのタイムリミットが来たようだ。艇の門が閉まっていく。黒江はしっかりとみょうじを確保したようで、みょうじよりも小さな身体で、彼女のことを抱えていた。当の本人は、ハイレインに髪を引っ張られたことが非常に痛かったのか、それとも急に地上二階の場所から落とされたことで恐怖に襲われたのか、気を失っていた。加古、黒江両名は、みょうじを本部に連れていくべく、その場を後にした。
 空が急に明るくなる。その明るさが、大規模侵攻の終わりを示していた。