ハロー、ハロー、ハロー

「…ばか、心配したじゃない」

 扉を開けると、コナミ・キリエが私目掛けてずんずんと歩いてきて、私を正面から抱きしめた。最初、私は何をされるかわからなくて身体が硬直したけれど、彼女の過去をみたところ、彼女の隣に立っているカラスマ・キョウスケとキザキ・レイジに私たちが到着する少し前に「なまえが帰ってきたら文句言ってやるわ」とこぼしていたのを確認できたので、さっきの言葉はこれのことだと考える。私の隣ではジン・ユウイチとリンドウさんが「いいなあ、おれにもハグしてよ」「俺にも頼む」などと呑気なことを宣っている。この国の挨拶はハグなのか。そうなら早く言ってくれたらよかったのに。

「えっなに」
「ん?なんだ?」
「えっなんですか?」
「どうした?」
「どうしたんだ?なまえちゃん」

 ジン、リンドウさん、カラスマ、キザキ、ヨウタロウ、ライジンマルの順でハグをしていく。ハグをされた当の本人たちは呆気に取られた顔をしていて、私は思わず「え?この国の挨拶はハグなんでしょ?」と言った。すると隣でリンドウさんがお腹を抱えて笑い始め、ジン・ユウイチは大きな溜息をつき、カラスマ・キョウスケは背中を小刻みに震えさせながら身体を丸め始め、キザキ・レイジは目を瞬かせながら私を凝視し、リンドウ・ヨウタロウは「うむ、なまえちゃんからのハグならいつでも大歓迎だぞ」となぜか胸を張っていた。唯一、コナミ・キリエだけが「えっこの国の挨拶ってハグだったの?!知らなかった!」とあたかも今初めて知ったかのような顔をしている。私は隣に立っていたジン・ユウイチの頬をつねった。

「なんでちがうって教えてくれなかったの?!未来がみえるくせに!」
「いててて、これはみえてなかったんだよ。だからゆるして、なまえ」
「……今、嘘ついたわね?」
「あっちょっと!痛いってなまえ!」
「ふうふげんか……」
「「夫婦じゃない!」」

 ヨウタロウがつぶやいた言葉にジン・ユウイチと私が食い気味にそう答えると、コナミが「なんで返しまで一緒なのかしら…」と頭を抱え「もう夫婦ってことにしときなさいよ」と謎の助言をされた。いや、夫婦じゃないもん。

「とにかく早く入れ。みょうじ、荷物は俺が持つ」
「えっいえ、私が持ちますので……」
「いいから早く渡せ」
「えっあっちょっと……!」

 キザキさんがさらりと私の手から荷物を取り、そのままリビングに向けて歩き始めた。それに倣って、他の人も後に続いた。私はぼうっとその様子を眺めていると、隣からジン・ユウイチが「ほら、おれたちも行こう」と言って、靴を脱ぎ、それを玄関に綺麗に並べた。この一連の行動を見ながら玄関にある靴を見てみると、大体の靴が綺麗に端に寄せて並べられていて、私は驚いた。恐ろしいほど未来への配慮が行き届いている。
 ジン・ユウイチとリンドウさんと一緒にリビングへと進むと、そこには先程のメンバーに加えてウサミ・シオリがいた。彼女の髪はぼさぼさで且つよろよろと歩いていて、彼女が徹夜で作業していたことが過去をみなくてもわかる。私はジン・ユウイチに「あのこ、寝てないの?」と訊くと、ジンは「ちょっと徹夜で作業してるんだ。もうそろそろ仮眠すると思うよ」とサイドエフェクトを使って答えてくれた。うん。それなら大丈夫そうだ。

「そういえば今、みょうじは記憶がないんでしたか?」
「そうだな。ここにいた頃の記憶は全部ないはずだ。サイドエフェクトを使えば問題はないと思うが」

 キザキ・レイジとリンドウさんの会話に耳を傾けると、なにやら私の話をしているようだった。更に彼らの話に意識を向けてみる。

「あまりサイドエフェクトを使わない方がいいかもしれませんね。情報を取り入れ続けるのは身体に良くない」
「そうだなあ。聞いてたか?なまえ」
「はい。もとより、そのつもりです」

 私がそう答えると、リンドウさんが「じゃあ、自己紹介をしよう。はい、みんな並んで並んで」と言って、私以外の人を一直線に並べた。そして右から順に各々が自己紹介を始め、名前や年齢、以前私がここにいた時に呼んでいた彼らの呼び方などを教えてもらった。一番のお子さまのようたろうは、誰よりも偉そうだった。でも、じん曰く、ようたろうは私のことは先輩だと思っているらしい。どうしてなのかはわからないけれど。

「はい、これで自己紹介は終わりな。宇佐美、あまり無理するなよー」
「はーい」
「がんばっているしおりちゃんに、どらやきをあげよう」
「はあ?何言ってんの!それは私のどら焼きでしょ!!」

 自己紹介が終わってひと段落着いたと思ったら、今度はどら焼きに関して騒ぎ始めた。えっと、台所に立っている人がやさしい筋肉のレイジさんで、その隣にいるのがもさもさしたイケメンのとりまるで、どら焼きで騒いでいるのが騙されやすいきりえで、寝不足なのがしおり。動物の名前はらいじんまるで、それに乗っているのがようたろう。眼鏡の支部長はりんどうさんで、私の隣にずっといるのがじんゆういち。うん。これでしばらくは名前を覚えなくて済みそうだ。私は人の名前を覚えるのがとても苦手なので、少人数の支部で助かった。

「じんゆういち」
「ん?どうした?なまえ」
「ヒュースはどこにいるの?」

 私の質問にじんゆういちは頭を悩ませているようだった。実のところ、彼に聞かなくても私のサイドエフェクトを駆使すればヒュースがどこにいるかなんて突き止められると思う。でもそれをしなかったのは、リンドウさんたちがそのことを知ったら悲しむだろうなと思ったから。彼らとサイドエフェクトをあまり使わないことを約束したのに、すぐにそれを破るのは私の心が痛い。だからじんゆういちにわざわざ聞いたのに、当の本人はあまり返答したがらないときた。きっと、今みえている未来を天秤にかけて私に伝えるかどうか決めかねているのだろうと私は察した。

「もうちょっと待っててな。時期が来たら教えるよ」
「うん、わかった」

 会話が終了すると、じんゆういちは私を近くにあったソファーに座るように促した。私はその言葉に甘んじて座ろうとすると、二階に行ったはずのりんどうさんが私たちのもとに来て、こう言った。

「本部に召集がかかった。なまえを連れて来いとな」
「意外と早かったね。もう少し遅いかと思ってたけど」
「本部?」
「そうだ。三門市で一番大きい建物だな」
「そこに私は今から行くの?」
「そう。小南たちにまた留守番頼むかー。おれも行っていいんだよね?ボス」
「もちろんいいさ」
「了解」

 じんゆういちは「その前にレイジさんのご飯だな」と言って、私をキッチンに行くように促した。そこにはおいしそうなご飯が並べられていて、私はこの後会議であることを忘れて夢中になって口にかきこんだ。その様子を玉狛の人は懐かし気に眺めていた。