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 その日の帰り道は、友達と雑貨屋に立ち寄った。目当てはもちろんレターセットだ。どんなものにしようと悩みながら、商品棚の前に立っていたら、小さな影が私の横に立った。小学生くらいだろうか。ここの雑貨、可愛いからなあと考えながら、気にせずにレターセットを物色することにしていた。

 友達には、なるべく可愛いものが良い。ギンガムチェックとか、無地でカラフルなものにシールを貼って飾ってみるのも可愛いだろうな。数美は意外に面白いことが好きだから、ちょっとネタに走るのも良いかも。新出には大人っぽい、シンプルなブラウンのもの。選んでいたら楽しくて、携帯を持っても暫く続けたいなあと考えていた。

「あっ、それ歩美と同じ」

 隣から、鈴が転がるような可愛らしい声が零れ落ちた。私が振り返れば、そこにいた小さな姿はハっとして手で口元を覆う。桃色のカチューシャから、まだ柔らかな髪が零れた。少女はモジモジとして、恥ずかしそうに大きな目をこちらに向けた。

「ごめんなさい。歩美も同じの持ってたから、うれしくなっちゃって」
「……ううん。これ可愛いね、私もお友達にあげようと思って」
「おともだち、すっごく喜ぶとおもうよ!」

 にぱっと口を大きく開けて笑う少女――歩美に、一瞬動揺はしたけれど、彼女は出会っても何ら害のない少女だ。可愛らしい鉛筆を数本手に持っていたので、私はレターセットと一緒に会計をしてあげた。最初は遠慮していたが、「友達の印だから」と言えば、嬉しそうに胸に抱いていた。

「あれ、芹那さん」
「えっと、コナンくんだっけ。こんにちは〜」

 白々しく「コナンくんだっけ」とかいう台詞がよく浮かんだものだ。私、すごいぞ。心の中で意味のない賞賛を送った。どうやら今日は小学生組で遊びに来ているようだ。そうか、ここの雑貨屋さん、沖矢の家からそこそこ近かったかもしれない。

「ホォー……手紙ですか」

 ひゅっと心臓が止まる思いで、私は体を跳ねさせて振り返った。目の前にいる探偵団の子たちには気づいていたが、背後にいる気配など一つも感じなかったからだ。驚きすぎて、悪いことをしたわけじゃないのに、レターセットを隠すように後ろ手にした。
「ビ…………ックリしたぁ……。やめてください、急に話しかけるの」
「急でしたか、今の」
「かなり急ですよ……」
 前は足音を隠さずに近寄ったクセに、絶対今のは確信犯だ。彼はハハハとわざとらしく笑って、似つかわしくない可愛らしい店内をグルリと一瞥した。赤井秀一だったとしても、沖矢昴だったとしても、本当に似合わない。その長身も広い肩幅も、大人っぽい面長な顔も、今この可愛らしいファンシーな雑貨屋では景観を崩す一部でしかなかった。安室だったら、店員としてバイトしてても可笑しくないとは思うんだけど。


 沖矢と会ったのはあれっきりではなくて、バイト帰りや学校の帰り道に、ちらほらと道を同じくすることも多かった。いつ会う時も外であったから、沖矢昴の言葉遣いだったし、私の頭の中にある赤井秀一の性格は次第に沖矢に浸食されつつあるくらいだ。でも、時折飛び出る皮肉っぽい笑い方に、ああ、コイツこういう男だったと思い知らされる。

「何か」
「いーえ、沖矢さんに原宿系は地雷だなって思っただけでーす」
「言っている意味は分かりませんが、ずいぶんと伸びそうな耳ですね」
「耳は伸びません」

 摘ままれそうになった耳をブルブルと犬のように顔を振って拒んだ。沖矢のことは嫌いじゃないけど、案外話す距離の近さだったり、さらりとしたボディタッチが多いのはやめてほしい。これでも思春期真っ盛りの女子なので。

 そんな私の姿を可笑しそうに笑って見下ろしている沖矢を、一つ、熱心に見上げる視線があった。私ではない。大きな二つの瞳が、レンズ越しに私と沖矢を見比べている。

「……昴さん、芹那さんと知り合いなの?」
「少しだけね」

 沖矢はコナンのほうに小さく腰を屈めて答える。私は頷いて笑うことしかできなかった。コナンが私を見る視線が熱くて、チクチクと刺さるみたいだ。分かる、分かるよ――。私が安室に面倒を見てもらってる身だって言ったのに、姿を隠している沖矢と知り合いなのが気になるんだ。それもそうだ。今安室が必死に、その仮面を剥ごうとしているのだから。

「……」

 駄目だ、自分で思い出して、その罪悪感で言葉に詰まってしまった。
 あんなに必死になっている安室の隣で、私何してるんだろう。いや、でも、安室を助けてもらったお礼だし。悶々と考えていたら、どうやら他の探偵団の子たちと合流したらしい歩美がもう一度こちらに駆け寄ってきた。

「お姉さん、ありがとー! 歩美も、お姉さんにこの鉛筆使ってお手紙書くね」
「ほんと! 私、ポアロでバイトしてるから、また遊びにきてね」
「うん! 大事にするね!」

 くるっと踵を返した小さな背中に手を振る。歩美と――多分、元太と光彦も、「コナンくん、行くよ〜」と目の前の少年を呼んでいた。コナンはいまいち附に落ちない顔をしながら、ゆるゆると店の外に歩いて行った。

「……さあ、僕も行きます。今日は彼らの保護者なので」
「まあ、ふつーにこの店来てたら引きますけど……」
「手厳しい」

 軽く肩を竦めて、彼はコツ、と店内に革靴の音を響かせた。それがまた不釣り合いで、つい視線が足元に向く。そしてその足の大きさに驚いた。「うわ、おっきー」、と声が漏れた。背が高いとは思っていたけど、靴まであんなに大きいものか。マンションの玄関で見た安室の靴より一回りくらいはあるかもしれない。

「あ、芹那いたいた。買えた?」

 と顔を出した友達に、私も彼らとは反対側に踵を返していった。



「うえぇ〜、足疲れた……。これ痩せるかも」

 ぐて、と背もたれに体重を掛けて、足をパタパタとさせる。課題が終わってから、安室に譲り受けたペン習字に勤しんでいたところだ。今日はバイトが昼だけだったという安室は、現在私のやり終えた課題をチェック中である。
「肩じゃなくて?」
「だって、こんな風にぴったり足つけて座らないからさあ」
「良いんじゃないですか、偶にはそういう日も……。このあたり押すと、目の疲れに効きますよ」
 安室は自分の首根っこあたりをグっと親指で押さえて見せた。私は彼の見様見真似に押してみるが、彼は「いやそうじゃなくて」と首を振った。

「ええ〜、どこですか」
「ちょうど、このあたり……ちょっと貸して」

 安室はガタリとその場で立ち上がると、手を伸ばして私の肩周辺に触れた。ぐっと太い指先が首根っこあたりを押すと、心地よい痛みがジワジワと広がった。
「ここは冷え性、手が付かれたならこのあたり……」
 説明しながら、彼は二の腕だったり手首だったりをぎゅむぎゅむと押していく。風呂に入ったあとのような、脱力した息を長く漏らしたら、安室は苦笑いしながら「おじさんですか」と茶化した。

「だ〜れが生で見るとオジサンですって〜?」
「生で見ると、って何だい。生でしか見たことないんだけども」
「あれ、通じなかった」
「ふ、ふふ……。大丈夫、通じなくてもすごく面白かったので」

 上目遣いに拳骨を二つ、熊の耳のように当てて頬を膨らませた。最初はキョトンとしていた安室だが、どうやらツボに入ったらしく、私が真顔に戻った後も暫く肩をプルプルとさせて顔を背けた。

「……笑った」

 私はペンをくるくると回しながら、目の前の男を見つめていた。今までも何度も笑ったことはある。そういえば、料理の話をしたときも、今みたいに腹を抱えていたっけか。笑うと、金色の髪が、睫毛が震えて、白い歯が覗く。垂れた目じりに寄った皺さえ、キラキラと輝いて見えた。
 私はそれが嬉しくて、へへ、と間抜けに頬を綻ばせたのだった。


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Shhh...