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 荷物良し、化粧良し、髪型良し、服装良し。
 私はあらかじめ買っていたツリーの飾りつけを一瞥してから、鏡に映る自分の姿をクルリと見定める。クリスマスと言えどディナーではなく家の中だ。ゆったりできるようにパンツスタイルと気に入っているハイネックのブラウスにカーディガンを羽織った。工藤家の知的で荘厳そうな雰囲気ともよく合うはずだ。

 フェイクパールのピアスをつけて、彼からの連絡が入ったのを確認する。父は猫と一緒に実家に帰っているので、戸締りを確認してから玄関を出た。

「……」

 鍵を閉めてから、少し後悔が頭を過ぎる。
 父は泊まりで、今から赤井と二人になれる場所に行こうとしているのだ。期待はしていない、していないが――。自分に言い聞かせるように胸元に手を添える。下着はちゃっかり新しいものをおろしてきてしまった。
 さすがにこれは勘違いをしすぎたかもしれない。けれど、もしそういう雰囲気になった時に下着が汚いのも拒むのも嫌だし、用意しておくに越したことはない、はずだ。決してそういうことを望んでいるというわけではないから。大丈夫だ。

「……何に言い訳してんだろ」

 少しモヤモヤとする想いを抱きながらも、私は踵を返した。
 空笑いをしたのが残っていたのか、振り向いた先に赤井が立っていたのに驚きながらも口の形がすぐに戻らなかった。赤井は「一人で笑うなよ」と苦笑いを浮かべた。

「う、あ……赤井さん。こんばんは」

 ひっくり返りかけた声をなんどか戻して、私は彼の姿を凝視した。

 ――め、めちゃくちゃ格好いい……。

 容姿が良いのはいつものことであるが、立ち姿が一層輝いているように見える。高いものでめかし込んでいるわけではない。その点で言えば、初対面の時の姿が一番フォーマルに近かっただろう。
 ただ、彼もまたいつもよりラフな格好を意識したのか、ゆるっとしたカーディガンやチノパンがいつもとは印象を変えていた。前髪のウェーブを遮るような眼鏡もかなり色気を醸している。
 惚れた欲目というのもあるだろうが、こんな男とクリスマスを過ごして良いものかと思うと急に胸がドキドキと早鳴る。あまりにまじまじと見つめていたからか、赤井は気まずそうに眼鏡を外した。

「変か、これ。身内からの評判は良かったんだがな」
「あー、いえ! 全然変じゃないです! ちょっと吃驚しただけで……似合ってます」

 改めて口にすると、ようやく彼の目が柔らかく微笑んだ。私はその微笑みにドキリとしながらもどこか安堵を覚えて、手に持った飾りを彼に見せるべく駆け寄った。





 くん、と軽く鼻を鳴らす。キッチンから香るビーフシチューの匂いに、腹が切なく音を鳴らした。ライトを巻き終えて、コンセントを繋ぐとチカチカと白い光が点滅した。こういった可愛いものを飾るセンスはないので上手くできたかは分からないが、まあそれなりの形にはなったのではないだろうか。特にジンジャークッキーをトーテムポールみたいに顔が三段重ねになるよう連ねたのは我ながら可愛いと思うのだ。

 ビーフシチューは赤井の手作り、ポテトやチキンは店で買ったものだ。キッチンへ向かって手伝えることはあるかと尋ねると、バケットをトースターで焼いてほしいと言われたので、それに従う。
 料理のことなど分からないが、パンを焼くくらいできるだろう。赤井ももしかしたらそれを見越していたのかもしれない。(先ほどビーフシチューの作り方を聞かれて、私が顔を引き攣らせたからだ。)

「すごい、良い匂いします。料理できるって本当だったんですね」
「その言い方、信じていなかっただろう」
「だって、キッチン似合わないから」

 バケットをスライスしながら笑うと、赤井は鍋の中身を軽くかき混ぜつつ皮肉っぽく口角を持ち上げた。しかし笑う彼の立ち姿は思いの外キッチンに馴染んでいて、様になる。今日の服装の所為だろうか。やけに慣れた手つきの所為だろうか。

 アルミホイルを広げてバケットを並べ、オーブントースターの中に入れる。元々固いバケットだから、焦げ目がつくまでいかなくても良いはずだ。軽く焼いたくらいで取り出して大皿に並べた。
 ビーフシチューと盛り付けたポテトやチキン、バケットを持ってツリーを飾った客間のほうへ向かう。ノンアルコールのシャンパンを注いで準備はできた。赤井はグラスの足を軽く持ち上げてから、ツリーを見てフっと息を零した。

「ふふ、あはは! なんだ、アレ?」
「え、トーテムポール風。めちゃ可愛いでしょ」
「ああ、可愛い……ククク」

 額を覆って肩を揺らす姿に、気に入ってもらえたなら良かったと言うと、彼はますます声を大きくした。そしてその鋭い目つきがふとツリーを見渡す。

「……星はつけなかったんだな」

 長い人差し指が、ツリーを指した。私はギクリと漫画のように体を強張らせ、照れくささを誤魔化すようにグラスを持つ。

「……つけなかったんじゃなくて、今からつけるんです」
「今から?」
「ほら、よくあるじゃないですか。星は二人でつけるとか」

 ロマンチストすぎましたか、と維持を張りながら鼻を鳴らせば、赤井は微笑む。そして私の顔をジっと熱を孕んで見つめつつ、ぽつりと聞き覚えのない言葉を零した。知らない単語だ。うまく聞き取れなくて、私は首を傾いだ。

「な、なんですか?」
「ベツレヘムの星というんだ、頂上につける飾りを」
「ベツ……レ……」
「キリストが誕生した土地の名前だな。当時の賢人たちが生まれた時に輝いた星を見て、この地を目指して旅をし、キリストと出会ったと言われている。導きの星でもあるのさ」

 彼は一度グラスを置いて、ふとツリーのほうへ歩み寄っていく。袋の中から、私が残しておいたシルバーのトップスターを持った。ちらりと、彼の視線が振り返る。LEDの光が彼の顔を照らした。窪んだ目の中の光が、やけにキラキラと輝いたような気がする。


「俺にとっては、それは君だ」


 口元が優しく緩んでいく。いつもよりも血色が良く見えるのは、服装がいつもと異なるからだろうか。彼はゆっくりとカーペットの上を歩き、私を手招く。私もその誘いのままにグラスを置き、彼のほうへと近づいた。

「これから先も、君の光が照らす場所を歩いていきたい」

 大きな手がそっと星を私へと手渡した。ライトも入っていないただの星飾りだ。安物のくせに、重たく感じる。気障なことをと笑い飛ばすことはできなかった。彼の微笑みが、あまりに美しいと思ったからだ。

「じゃあ、ずっと目立つ場所にいてください」

 私は彼の眼鏡の弦を摘まんでニっと口角を持ち上げた。離れていこうとする彼の手を、私の掌を重ねて留まらせる。二人でやらなくては意味がないのだから。

「そうしたら、絶対見つけるんで! 星っていうのはよく分からないけど」
「口説き文句だよ、伝わらなかったか」
「そ、そのくらい分かります。私、星ってガラじゃないですから」

 我ながら繊細さに欠けている自覚はあるのだ。フンと鼻を鳴らしてツリーを一瞥する。赤井の視線も一度ツリーを向いて、それから私に戻る。

「……なんか二人でつけるのって難しいですね」
「意外とタイミングが掴めないな。子どものときはよくやったもんだが」
「えー、可愛い! 弟さんと?」
「良いからつけるぞ。料理が冷める」

 二人でツリーの頭へ手を伸ばす。赤井の腕のほうが長いから、ぐっと差し込むのは彼の役割だ。ぱっと華やかになったツリーを眺めて満足すると、私たちはテーブルのほうへと踵を返した。早く話の続きを聞きたい。まだまだ、知りたいことがたくさんあるのだもの。