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 私たちは慎重に、コンビニの死角になる位置から様子を覗き見た。
 看板はいまだに点滅を続けている――ということは、中にいる人物は無事だということ。そして、恐らくだが犯人グループは外の見回りしていないのだろう。そう考えると、私たちもほんの少し息をついた。

「でも、どうしてこんな状態でずっと何もしないんだろう?」
「人目のない時を狙ってるとか」
「時間が長引けば、周囲に知られるリスクも増える。何もメリットがないのに留まるかな」
「灯りがついていても、コンビニ側の関係者に知られたら不信に思われるしね」

 私たちは顔をつき合わせて暫く話し合った。萩原たちだけではなく、一緒に来た警察学校の生徒たちも皆真剣なまなざしで考え込んでいる。なんだか、妙な気持ちであった。中には初めて顔をつき合わせるような相手もいたというのに、まるでそんな気がしない。同じ事件に向かって、その輪にいる全員が真っすぐであったのだ。

「これが銀行だったら、現金輸送車狙いっていうのもある気がするけど」
「いやいや。ここはコンビニだし……」

 とある男生徒が苦く笑う。そして、沈黙――。黙りこくったわけでなく、各々に推測を立てようとしているのだと分かる。私も同じように、視線を落として考え込んだ。

 例えばこれが私怨の、殺人事件であったら。
 それこそ犯人が留まる理由はないだろう。推理小説のように復讐相手を探している、とかであったらそうなるかもしれないが、だとすれば客を見張っていなければ可笑しい。
 例えばこれが、人質を用いた脅迫事件であったら。
 いや、そもそも人目につきやすく、高さもないコンビニを狙わないだろう。裏口もあるし、大勢の機動隊に押し切られては逃げ場もない。
 ほかに集団での犯罪行為となると――やはり強盗か。
 だが、レジならば店員に開けさせれば良い。ここで待機しているということは、物事を荒立てずに、何かを待っているのだ。

「……ATMの中身、とか?」

 悩みながら呟くと、少しだけ首をひねりながら松田が答えた。

「ま、レジの金じゃねーならATMしかないよな……。けどよ、だったら猶更さっさとずらかった方が良い気がすんだろ。警察呼ばれちゃおしまいだ」
「まあねえ。別に待っててATMの中身が増えるワケでもあるまいし……」

 確かに――萩原が頷くと、諸伏がハっとしたように顔を上げる。そして、サングラスをくいとズラして「増えるんじゃないか」と私たちに提案した。きょとんと眼を丸くする中、手を叩いたのは私の誘いに一番に乗ってくれた女生徒であった。強気そうな顔つきが明るくなる。

「現金の補充を待っているんじゃない? それまでに犯罪が起きたって周囲にバレたら、警備会社が来なくなっちゃうもの」
「そんな簡単に補充のタイミングが分かるのか?」
「補充させるまで引き出せば良いのよ。コンビニのATMは中身が百万円を切ると補充しなければいけないって、聞いたことあるから……実家がコンビニ経営なの」

 確かに、それならば今まで静まり返っていた騒動にも説明がつく気がする。大事になれば大金は舞い込んでこないし、ATMで一度に下ろせる限度額は決まっているのだから、様々な口座から金を引き落とさなければならないだろう。そして、いつ来るか分からない警備会社にも気を張らなければならない――客を拘束し閉じ込めておけば、残りの気はほかに削がれても可笑しくない。

「しかし、強盗か。相手は凶器を持ってる可能性が高いな」

 忠告したのは、同じ教場の男生徒だ。がっしりとした体つきは伊達にも劣らないかもしれない。逮捕術でもよく目立っていたのを覚えている。

「しかも、張り紙があるのに部外者が立ち入ったとなると犯人が警戒する」
「チャンスは一回。警備会社が来て、奴らがそっちに気を取られた時だ」
「おっし。んじゃ……『総員、それまで待機!』」

 松田がまるでごっこ遊びをする少年のようにニヤリとして告げるので、私たちもニヤリと返して額に敬礼を押し当てた。――松田は教場内ではとんと悪ガキのようであるのに、どうやら集団を先導する力に長けているらしい。普段は伊達や降谷がいるぶんあまり目立たないが、その憎めない人柄がそうさせるのだろうか。
 私は物陰にふと体を潜ませながら、コンビニの方をジィと見つめる松田の横顔を眺めた。――まあ、確かに。文化部か運動部かと言われれば運動部気質のようには思うが。それにしたって大したものだ。
絵に描いたように、私とは真反対の男なのだと思う。
悪い意味ではない。誰かの意見に反発することを悪いとはせず、ただしそれに縛られることもなく。考えたことや思ったことはまず行動に移すような男。周囲の視線をまるで気にしてはいないが、しかし人を思いやることは知っている。

「……変な人」

 手のひらを見下ろす。その力強い、真っすぐ前を向いた態度を見ていると、あの少年を思い出す。きっと松田も、あの時のようなうじうじとした少女がいれば手を引いただろう。

『――なれるよ!』

 人の手を握れる人。優しくて、格好いい人――。
 松田と重なった手を思い出す。熱くて、指先が少しかたくて。もしかすると妙に意識してしまったのは、あの日の少年を思い出してしまったからかもしれない。今更気づいてしまった、そんな自身に苦笑する。

「何、笑ってんの」

 ふと、肩に体温が触れた。声のほうを見上げると、色眼鏡を胸ポケットにかけなおして萩原が太い眉を下げている。私はギクリとしながらも、軽く首を振った。しかし、すぐに思い直す。先ほど上手くは言えなかったことを、今ならば口にできる気がした。

「――……あの」
「あのさぁ」

 しかし、私の言葉が鼓膜を震わせるより先に、萩原が口を開く。彼は頬を軽く掻き、長い前髪を落ち着かなそうに掻き上げた。

「その、ごめん。なんか……ガキみてぇなことしちまって」
「……え?」
「黙ったり、出かける用事もないのに無理に誘ったり。マジ、ガキみてぇで、だっせ……」

 萩原は恥ずかしそうに、私のことを視線に捉えないまま呟いた。私は思わず首を振る。

「そんなの、私だって。変な態度取っちゃった」
「――……いや、昔からそうなのよ。俺の悪い癖」

 私が庇おうとするのをやんわりと断りながら、彼は自嘲気味に笑った。首を傾げて、「癖?」と聞き返す。すると萩原はようやくのこと視線をこちらへと流し、吸い込んだ空気を吐き出す。

「陣平ちゃんにも直せって言われてんだけどね。困ったモンよ」
「なにそれ、気になる」
「あはは。恥ずかしいから言わねぇ」

 肩を揺らして萩原が笑う。私も、不思議と笑っていた。そしてチラとその一張羅の裾を摘む。実は、最初に見た時から言いたかったことがある。

「これ、もしかして萩原くんの私物?」
「おっ。見る目あるね」
「松田くんにしては大きかったし、絶対諸伏くんのでもないし……」

 レンタルというには、ずいぶんと早くに彼らが着替えてきていた。きっと寮生の私物なのだろうとは思ったが。私は大声になるのをなんとか堪え、口元を押さえて体を震わせた。

「ふふふ。似合いすぎて面白い……。不良刑事になっちゃう……」
「似合ってるから良いっしょ」
「うん。誰より着こなしてるよ」

 二人で顔を見合わせて笑う。チカチカ、と頭上の電灯が点滅した。その笑い声を遮るように、諸伏が私たちを呼んだ。小さく息を吐き、私はその優男らしい眼差しと瞬きを交わしたのだ。



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