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 金曜日、十九時。最低限の荷物と課題を持ち、私たちはスーツに着替えた。学校から出発するとき、帰寮するときはスーツと定められているので、なんだかリクルート生になった気分だ。着校してすぐにも着たはずだが、なんだかウェストが緩くなった気がする。
 横の毛を耳にかけ、さも「私できる就活生ですよ」というツラで歩いていると、ちょうど今から出発する伊達班の面子とかち合った。アイドルグループの衣装ではないのだから――というくらい、女生徒たちが彼らのスーツを見てキャアと黄色く叫んでいる。松田と萩原は、その髪型も相まってか、就活生たちのなかで明らかに浮いていた。
 キャアキャアと言われているのが憎らしく、クっと歯がみしながらその横を通り抜けようとすると、諸伏が私を呼ぶ。振り返ると、彼はほんのりと頬を綻ばせた。
「また、明日」
 明日――明日は、約束していた飲み会の日だった。私も、「うん」と頷き、軽く手を振った。







 飲み会が開かれる居酒屋は、自宅から二駅先にある。私が未成年ということを考慮してか、早めの集合時間に間に合わせるべく、鼻歌まじりに服を選んだ。自分の容姿については、ほぼアバターのように見ているので、似合うものを選ぶのは楽しい。ブランドのロゴがついたポロシャツ型のタイトワンピース。韓国のモデルが着用していたものの色違い。
 飲み会にスニーカーだと子どもっぽすぎるだろうか、せっかく気温も上がってきたので、やや早いかもしれないがヒールのあるサンダルを選ぶ。少々恰好が若い気もするが、まあ若いし。何より俺はこういうスポーツミックスな女の子が好きだ。
 
 くるん、と上がった睫毛をマスカラで伸ばして、アイシャドウは控えめにする代わりにリップはグラデではなく、ベタ塗りで。ショートカットなので横顔が綺麗に見えるといいなあ、と鼻先にくるっとハイライトをいれた。

「うーん、やっぱちょっと若い……? いや、でも十代ってこんなもんじゃん?」

 まじまじと姿見を眺めながら、私は何度かくるっと回転してみた。正直感覚にズレがあるので、選んだのはほぼ自分の好みだ。そもそも顔が可愛いし、悪くはないのでは――。自惚れに近いことを考えながら、母に入校祝いに買ってもらったハンドバックを持ち、待ち合わせの場所までご機嫌に走った。






 待ち合わせの場所には、チラホラと同期が集まっていた。着いた時間が五分前だったので、まあこんなものだろう。それぞれ昨年まで大学生だったこともあり、シンプルに済ませている者も、ばっちしと洒落てきている者も様々だった。ただ、私服で会うと印象の違う者も多く、萩原などその最たる例だ。
 黒いブイネックのTシャツに、薄い生地のジャケット。手についた腕時計は高価そうで、もともと優男であったが、急にホストのような雰囲気が醸されている。
「うわ、ホスト」
 思ったことがついそのまま口をついてしまい、萩原が軽く頭を小突いてきた。
「このかーわいいお嬢さんかな〜。失礼なこと言っちゃうのは」
「いつもの制服、やっぱりチャラさが緩和されてるんだなーって思って……いだっ」
 もう一発。いつだか女の子を睨むなとか、なんとか言っていなかっただろうか。女の子を叩くなよ。

 集合時間を五分過ぎた頃、萩原が「行くかぁ」と間延びした声で言った。松田がまだ来ていなかったので、良いのかと尋ねるといつものことだと笑われる。

 
 居酒屋はよくある大衆向けの居酒屋で、襖で個室が仕切られているスタイルの店だ。なんとなく歩いて行ったそのままの順で座ったので、隣には萩原、反対隣には伊達、前にはクールビューティが座っていた。降谷と諸伏は向かいの一番離れた場所。教場の中で外泊組から有志をとったので、人数は十三人。松田が来たら十四人だ。

 ファーストドリンクが出そろうと、皆でジョッキを掲げ合う。萩原は本当にコミュニケーションが上手で、四方八方に話題を振って端の席のくせに話題が尽きないようだ。伊達も男たちと気前よく飲んでいたので、私はもっぱら目の前のクールビューティと話に花を咲かせていた。
 彼女は少しキツそうな見た目と落ち着いた性格をしている割に、酒には弱いらしく、すぐ顔を真っ赤にしているのが良いなと思った。オフショルダーのブラウスからのぞく健康的な肩も、酒で少し赤みを帯びている。男だったら持ち帰り案件だ。

「悪ぃ、おそくなった」

 松田が欠伸しながら入ってきたのは、飲み会がはじまって一時間経った頃だ。松田は襖を開けると、ぴくっと眉を軽く顰めた。
「酒くせ、もう出来上がってんのかよ」
 ――そう、一時間の間に急ピッチで飲み進めたせいか、メンバーで潰れているものこそいなかったが皆程々に出来上がっていた。顔が赤かったり、ハイテンションだったりと人によりけりだが、平気な顔をしているのは降谷と諸伏くらいだ。

「陣平ちゃん、おせえよ。こっち!」

 萩原がばんばんと私とは反対側の座席に松田を呼びつける。その席はトイレに行っている男が座っていた場所だったが、今の萩原には聞かないだろう。松田は面倒くさそうに靴を脱ぐと、「へいへい」と萩原の隣に着く。
「おっし、陣平ちゃんも来たから、やるぜ〜」
 いうなり、萩原はテーブルの真ん中を開けると、日本酒のボトルを倒しておいた。
「答えられなかったら、飲みだかんな〜」
 そういってボトルの細い部分をクルクルと弄ぶと、ニヤニヤと親父臭い笑みを浮かべながら何にしよっかなーとぼやいている。意外だが、萩原が一番ピッチを上げて飲んでいたので、一番酔っ払っているのは想像がつく。クールビューティちゃんは「良いぞ〜」と野次を飛ばした。この子も相当酔っている。皆、禁止される期間があったぶん、余計に酔いがひどいのだろう。

「じゃあ、初めてキスした場所」

 くるっと人生ゲームのルーレットのようにボトルが回る。くるくると滑りよく回ったボトルの飲み口が、萩原の隣――松田のほうを向いて止まった。松田はまだ完全に素面なので、ハァーと重たくため息をついて後頭部を掻いていた。端の男子から「早くしろー」「もったいぶってんなー」、声が上がった。
「うるせぇな……校舎裏」
「っか〜、青いなー。ちなみにそのチュー、俺も見てた」
 萩原がケラケラと指さして茶化す。皆も、不純だなんだと酒の肴にしているようだ。次にボトルの先が向いたのは伊達の隣に座った男生徒。先ほど当たった人が質問する流れのようで、松田の質問は「こん中に好きな奴はいるか」だった。

 男生徒は、スポーツ刈りの頭まで赤くなるのでは、というくらい顔を真っ赤にすると、目の前にあったグラスをぐいっと飲み干してしまった。――なるほど、答えられなかったら、グラスを一気というわけらしい。
「ありゃ、怪しいなあ。誰? 高槻さん?」
「雑な部分だけ隣に振るなよ……」
 急に萩原から名前を呼ばれて、私は軽く彼の肩を押す。触れてみると、その体がしっかりしているのがよく分かる。押した時にはビクともしなかったくせに、わざとらしくヘターっと机に突っ伏す仕草をされた。

 そのあとも、元カノの名前だとか、異性のタイプだとか――。反応はそれぞれだったが、降谷は何も答えないまま当然のように酒を一気に呷るのでつまらなかった。(ちなみに萩原の言った「弱点は?」という質問に、クールビューティちゃんがボヤッとした顔で「……耳?」と聞いたのは、真剣に持ち帰り案件だった)

 ゲームも何度か繰り返され、次第にヒートアップした質問に変わっていく。背の高いひょろっとした男は酒を呷ると上機嫌になりながら、次の質問を告げた。

「ずばり、経験人数!」

 オー!と場が湧いて、ボトルがくるくるっと回り――私のほうに向いた。
 よりによって、と私は顔を引き攣らせる。ギクリと心が鳴った。正直に言えばゼロだ。この体になってから、男と寝たことはない。――気持ち悪いし、生理的に無理だったので――。
 ただ、ここでゼロでーす! と明るく言い放つのは、僅かに残った男のプライドが許さなかった。だって、童貞じゃないし。女は抱いたことあるし――なんて、ガキじみたプライドが邪魔をして、私は手元にあったグラスをぐいっと呷る。


「あ、高槻さん、それ……お酒……」


 萩原が止めるより前に、私はグラスを空けていた。私の失態は三つ。一つ、急にアルコールを摂取したこと。一つ、酒が萩原の呑んでいたアルコール度数の高いものだったこと。一つ――この体になってから、ロクに酒を飲むことなどなかったこと。

 ぐらつく頭、意思はあったものの、確実にアルコールが体を回った。考えがふわふわと浮いたような心地で、熱くなった体に自然と笑みが零れた。
「あは、これつめたあい」
「オーイ、伊達班長の腕だよそれ……あ、コラコラ足の間にいれない!!」
 班長彼女持ちだからー! と、誰に向けたか分からない叫びが、一室に響いた。

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Shhh...