不思議なお客さま
「いらっしゃいませ〜」
いつもと代わり映えのしない毎日
たくさんのパンに囲まれて私は過ごしている
雨の日も風の日も、晴れの日も曇りの日もわたしはここでパンを買いに来る人たちにパンを売っている
顔馴染みのお客様もたくさんいる
サンドイッチが好きな人、菓子パンが好きな人、惣菜パンが好きな人、それからカスクートが好きな人
その日はこのお店に初めての小さなお客様がやってきた
扉が開いて店の中に入ってきたのは小学生低学年より少し小さいかなと思うくらいの女の子
上から下まで真っ白な女の子の背中にはその儚い雰囲気とは真逆な黒とピンクと紫の配色をしたうさぎのリュックサックを背負っていた
その女の子はキョロキョロと店の中を見渡すとクンクンと小さく鼻を鳴らしていた
親御さんはいらっしゃらないのだろうか。少しの間待っていてもその女の子の親御さんらしき人はお店の中に入っては来ない
私はその女の子に近づいて声をかけてみた
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「?」
私の声にクルリと振り向いた女の子の綺麗な紅い瞳は私の顔をジッと見たあと視線が左肩辺りに逸れた
「おねーちゃん、身体の具合悪いの?」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない」
女の子が聞いてきた言葉には心当たりがあった。ここ最近どうしても左肩辺りの違和感が何をしても消えなかったから
湿布を貼ってもみても、マッサージをしてみても、薬を飲んでみても…何も変わらずずっしりと肩が重いのだ
ああ、もうそんな年なのかなぁと思っていた
「あのね、おねーちゃん」
女の子の声に飛んでいた意識が戻ってきた
「あ、ゴメンゴメン。なあに?」
「すみれね、さとるにね甘いやつ買ってあげるの」
「そっか。そのサトルくん?って子はすみれちゃんのお友達かな?」
「うーん、さとるはねすみれのだーいすきな人。一人ぼっちだったすみれを見つけくれた人なんだ」
嬉しそうに目を細めるすみれちゃんに私は何かお手伝いが出来ないかと思った
「それでね、おねーちゃん。すみれ、パンが欲しいんだけどよくわからないの。だからおねーちゃん、すみれに教えてくれる?」
「もちろん」
すみれちゃんの身長は同じ歳の子たちよりも小さくてパンが並べてある棚も背伸びをしてようやくチラッと見えるくらいだった
私はトングとトレーを手に取るとすみれちゃんに近づいた
「すみれちゃん、サトルくんは甘いのが好きなの?」
「うん!すみれもさとるもあまーいの好き!あのねおねーちゃん、きくふくって知ってる?すみれねそれが一番好きなの!」
「喜久福って仙台名物のあの大福みたいな…」
「そう!それある?」
「あー、ごめんね。喜久福は置いてないかな」
さすがにパン屋なので此処には喜久福は置いていない。そう伝えるとしょぼんとしてしまった女の子に慌てて私はなんとか喜久福に似ているものを考えた
「すみれちゃん、いちごサンドはどうかな?」
「いちご?それ、甘い?」
「生クリームが入ってるから甘いよ。喜久福にも確か生クリーム入ってたよね?」
「おねーちゃん、みして!」
すみれちゃんに一口サイズのイチゴサンドを手渡した
「?」
「みんなにはナイショだよ。特別ね」
「おねーちゃん、ありがとう」
パクっとイチゴサンドを食べたすみれちゃんの瞳がキラキラして小さな両手をそのぷくぷくしたほっぺたにあてがった
「おいしー!おねーちゃん、これくださいっ」
「はい、かしこまりました」
そのあとも店員権限を使って小さなお客様であるすみれちゃんの希望の甘いパンをオススメしていくと次々と購入を決めてくれるすみれちゃんになんだか悪徳商売をしている気分になってきてしまった
「そうだ、すみれちゃん。甘いパンじゃないけどウチのお店、カスクートが美味しいって有名なんだよ」
「かすくーと?」
「ハムとカマンベールチーズをバゲットっていうちょっと固めのパンに挟んでいるんだけどね、これを少し前まで買いに来てくれた人がいたんだ」
…あの人は元気にしているだろうか。金色の髪にスーツを着た背の高い異国の雰囲気を持った男の人。近くのコンビニから姿を消してしまったカスクートを探してこのお店にやってきたと言っていた
その人もすみれちゃんと同じように私の左肩辺りを気にしていた気がする。そして彼が何かを払うように右手を動かした瞬間、肩の重みが唐突に消えた
…ありがとう!また来てくださいね!
その人にお店の外でそう伝えたけれど、聞こえていなかったのかその人はもう2年程姿を見せてはいない
「おねーちゃんはその人が好きなの?」
「え?!そ、そんなこと…ないない!最近見かけてないからどうしたのかなとは思うけど」
「ふふ」
こんな小さな女の子にからかわれてるとは分かっているけれどつい大袈裟に反応してしまった
「おねーちゃん、今日すみれに付き合ってくれたお礼あげるね」
そういうとすみれちゃんはあの時の男の人のように私の左肩辺りを払う仕草をしてみせた
「え?うそ、肩が…」
あれほど重くて痛かった肩の違和感があの時と同じようにふと消えてなくなった
驚いてすみれちゃんの顔を見ると人差し指を口元にあててニコッと笑った
「おねーちゃん、ナイショだよ」
「すみませ〜ん、ここに女の子って…あ、いた」
「さとる〜」
「え?!サトルくんってもしかしてパパさんのこと?!」
「ど〜も〜。娘がお世話になりました」
「さとるっ」
「んまっ、いっぱい買ったね」
「みんなで食べるの」
「じゃ高専に帰ろっか、みんな待ってるよ」
「うん!おねーちゃん、またね」