カスクートが好きなひと
「おねーちゃん」
「すみれちゃん!いらっしゃい!」
あの日からすみれちゃんは私の働くパン屋さんに顔を出してくれるようになった
そして私の左肩の具合も前みたいに重くて動かし辛いなんてことはなく絶好調だったりする
「すみれちゃん、今日もイチゴサンドにする?それともフルーツサンド?あ、チョコバナナもあるよ」
「イチゴとチョコ食べる!あとね、今日はカスクートも欲しいの!」
「カスクート?」
「美味しかったから!」
「そっか!今、準備するからちょっと待っててくれる?」
「はーい」
お馴染みのウサギのリュックを揺らしてすみれちゃんは店内をフラフラと見て回っていた
そんな時、店の来訪者を知らせる鈴が鳴り私はすみれちゃんのために袋詰めていた手を止めて視線を上げた
「いらっしゃいませ…って…う、、そ、」
店の中に入ってきたのは1年程姿を見せていなかった金髪のスーツを着たあの男性だった。1年前にはかけていなかったサングラスをかけているが間違いなくあの男性だった
「お久しぶりです。その後身体の具合はいかがですか?」
「お、お久しぶりです…。えっとここ最近は調子がいいんです」
「そうですか、それは結構。カスクートはまだありますか?」
「カ、カスクートですね。少々お待ち下さ…あ」
そうだ、カスクートは今日はすみれちゃんが買ったもので最後だったのだ
「す、すみません。カスクートはすみれちゃんが買ったもので最後でして…」
「すみれ…ちゃん?」
「?おにーちゃんもパンを買いに来たの?」
†‥七海side‥†
呪術師に出戻る前までよく通っていたパン屋が視界に入りそういえばここは以前勤めていた商社の近くだったなと思い出した
たまたま見つけたカスクートが美味しいパン屋だった
会社の近くのコンビニから買っていたカスクートが姿を消して小さな絶望を味わいふらりと立ち寄ったパン屋に探していたカスクートを見つけて衝動的に購入した
単純に美味しかった
その日から私はカスクートが食べたくなった日にはこのパン屋でカスクートを買うようになった
そしてあの日
私はいつものようにこのパン屋でカスクートを買ったあと店員の左肩にのしかかっていた蠅頭をなんとなく祓った
そして彼女が放った"ありがとう"の言葉
その言葉を聞いた瞬間に私の身体に何かが走った。まさか私はこの言葉を待っていたのか
そして流れるようにスマホを手に取り五条さんに電話をかけて呪術師に出戻ることにしたのだ
久しぶりカスクートを食べようか。そう思い店内に入るとあの時の店員がパンを袋に詰めていた。
いくつかのパンを取ったあと軽く見回しても目当てのカスクートは見当たらず、その店員に蠅頭を祓ったあとの具合も兼ねて問いかけていた
「その後、身体の具合はいかがですか?」
「ここ最近は調子がいいんです」
彼女は蠅頭を寄せ付けやすい感じがしていたが、久しぶりに会ったのに蠅頭をつけてはいなかった。代わりに白いキラキラと輝く呪力の残穢が見えた
特に害のあるものでもなさそうだったので私は当初の目的であったカスクートの存在を彼女に尋ねた
「そうですか、それは結構。カスクートはまだありますか?」
「カスクートですね。少々お待ち下さ…あ」
彼女の小さな呟きにもしやとは思ったが…
「す、すみません。カスクートはすみれちゃんが買ったもので最後でして…」
「すみれ…ちゃん?」
聞き慣れない名前を復唱するとふと私の足元に何かがやってきた気配がした
「?おにーちゃんもパンを買いに来たの?」
パッと顔を向けると上から下まで真っ白な女児がいた。その女児の周りには店員の左肩に残っていた白い呪力の残穢がキラキラと光っていてこの子かと瞬間的に理解した
「ええ、まあ…」
「ふーん」
「すみれちゃん、この人が前に話したカスクートの好きなお客様だよ」
「あ!おねーちゃんの?!」
「もう!すみれちゃんっ!」
店員と仲が良さそうに見える女児、店員曰くすみれちゃん。どことなくあの五条さんを彷彿させる容姿に違和感を抱く
…あの人の血縁者だろうか。結婚したという話は聞いてはいないから五条のどこかの分家の子だろうか
「あの、カスクートはもうないのでよろしければ他のものでも…」
「カスクートが欲しいの?じゃあすみれのあげる!」
「え?」
「いえ、そのカスクートは貴女が買ったものでしょう。私は別の物を買うのでお構いなく」
「むぅ…」
ムスッとした表情を見せる女児はやはり五条さんにとても似ていた
「あげるったらあげるー!好きなものは食べなきゃダメなの!」
…このコチラの言い分を聞かないところも
「では、彼女の分の支払いも私が」
「すみれ、さとるからお金貰ってるよ?」
「さ…とる?」
「あ、サトルさんっていうのはすみれちゃんのお父さんで…」
…確定だ。この女児は明らかに五条さんになにかしら関係のある子供だ。視界の端で子供が店員にさとるはすみれのパパじゃないよーなんて言っているが真相は五条さんに聞けばいい話だ
よく見れば女児が背負っているウサギのリュックのように見えるものの目が呪術高専の制服のボタンであるしジッと見つめるとそのウサギがニヤリと口角を上げた
「はぁ…」
私はため息を一つ零して、トレイに自分の分と女児の分を合わせた金額を置いた
「おにーちゃん?」
「すみれさんといいましたか?私は呪術高専の関係者です。五条さんの知り合いなので今回は私に奢らされて下さい」
「さとるの知り合い?」
「はい」
「えっと…」
戸惑っている店員に会計を促すと店員は素直に会計をして私とすみれさん、それぞれにパンの入った袋を手渡した
「ありがとうございました!また来てくださいね!すみれちゃんも」
「おねーちゃん、またねー」
パン屋を出るとすみれさんは私の手を取り近くの公園に向かって走り出した。身長の小さなすみれさんに手を引かれると私の体躯は不自然な程に折れ曲がる
「ちょ…」
あまりにその体勢は辛くすみれさんの手を握り返しすみれさんの歩みを無理やり止めさせた
「??」
「一緒に行きますから歩きましょう」
すみれさんの伸ばされた手を握って私は再び歩き出した。それでも身長差故に歩きにくい事に変わりはないのだが手を引かれるよりかは幾分かマシだった
そしてすみれさんに引かれてやってきた公園のベンチにはやはり私が思っていた通りの人物がその長い脚を組み座っていた
「さとる!」
「お、やっと帰ってきたねって七海じゃん」
「五条さん」
「ななみ??」
「すみれ〜。変なもの拾ってきちゃダメでしょ」
「はぁ…やはり貴方の知り合いですか」
「なな…ななみん!」
「やめてください」