北海道任務-前編-
「はぁ…」
七海はため息をこぼした
出張自体は嫌いではない
経費で落ちる旅行と言っても過言ではないし、なかなか行かない場所へ赴く理由にもなる
まして北海道なんて尚更だった
同僚と離れて一人になる機会は呪術師に限らず社会人としてもかけがえのないクールダウンだと七海は思っていた
適度な息抜きができるかどうかが、労働を長く続けるコツである
そう考えている七海にとって、出張先に先輩呪術師がついて来るというのは面白くなかったし、それが五条悟であればもはや頭の痛い案件ですらあった
「七海、北海道クイズしようぜ」
「お一人でどうぞ、それかすみれさんに出してあげればよろしいかと」
「はい第一問。僕の一番好きな北海道スイーツはいったいどの銘菓"三方六"でしょうか?」
「せめてクイズの意味十回調べてから出直してください」
「さんぽーろくってなに?」
「バームクーヘンのことです」
「ばーむくーへん…」
首を傾げる今回の出張のもう一人の同行者であるすみれさんに私はこっそり持ってきていたるるぶを広げて見せる
「おいしそー。さとる!さとる!すみれ、さんぽーろく、食べたい!」
「モチロン買うから心配しなくてだいじょーぶだよ」
「というかなぜすみれさんを連れて来たんですか?」
「すみれを一人に出来ないでしょ。硝子はずーっと忙しいし、傑も拾ってきた双子の面倒や任務。学長は交流会の打合せで京都のお爺ちゃんと会ってるし。恵や野薔薇に預けてもいいけど何があるか分からない以上僕が側にいるのがすみれのためなんだよね〜」
「そうですか」
「じゃ、気を取り直して今度はじゃがバターゲームな。ルールは簡単、よりじゃがバターが好きな方が勝ち。はい、僕の勝ち〜。僕、じゃがバター日本で二番目に好きな男だから」
「誰ですか、一番」
「松山千春」
「呼吸より嘘の回数の方が多いですよね、アナタ」
「CO2削減になるだろ?」
「私のため息から出るCO2でチャラでしょう。なにが悲しくてはるばる北海道まで来て男二人と女児一人」
「いいじゃん、バラエティ番組っぽくて」
「何処にあるんですか?こんな辛気臭いバラエティ」
「えー?七海、知らないの?小さい子どもって以外と人気があるんだよ?ほら一人でおつかいするやつとか」
「アナタはすみれさんを人気者にしたいんですか?」
「は?すみれは僕のだから誰にも見せないし」
「さっきと言ってること矛盾してるって気づいてますか?」
大通りの賑やかな道を七海と五条は正反対の表情で歩いていた
札幌の町並みは京都と同じ、碁盤の目
標識を眺めながら歩けば、まず迷うことはない
一方通行の把握だけが面倒だが、歩いての観光ならば中央区に限っては容易ではある。地図との照らし合せもしやすい
「まあ全部が全部、素直な格子状の道ってわけじゃないけどスポットを巡るルートは組みやすいよねぇ〜」
といいながら五条が取り出したのは2つ折になったパンフレット。七海が覗き見れば中央区の地図がわかりやすく簡略化されて記されたものでそこにいくつもの赤丸と雑誌の切り抜きと思われる写真があった
「なんですか、その地図」
「オイオイオイオイ七海ィ、オイオイオイオイ」
「雑にイラつきますね、それ」
「しっかりしてくれよ。オマエ、ここで僕が取り出すんだから五条悟スイーツマップ以外に何があるっていうんだよ」
「ですから、そういうのはお一人でどうぞ」
「先輩ヅラし甲斐のない奴だなぁ」
「アナタも昔から慕い甲斐のない先輩でしたよ」
ため息を吐きすぎて北海道到着早々、肺がぺしゃんこになりそうな七海だった
「ななみん、ななみん」
「はい?」
「あのね、すみれも作ったの」
「え?」
「すみれも昨日、さとると一緒にななみんと見たるるぶで気になったものの地図作ったの」
ポソっと七海の名前を呼んだすみれは呪骸が抱きしめていた筒状に丸められていた紙を頬を赤らめながら七海に手渡した
そこには拙い字ですみれとななみんのほっかいどーりょこーと書いてあったのだ
「これ、五条さんには?」
「さとるは自分の作ってたから。これはすみれとななみんのやつ。一緒にるるぶ見たからさとるよりすみれはななみんと行きたい。さとるにはナイショね」
「ふぅ…わかりました」
「すみれ〜、なに七海と二人でイチャコラしてんの?パパ許しませんよ〜」
「さとるはすみれのパパじゃないも〜ん。ななみん、持ってて!さとるに取られちゃったら大変だから」
すみれは七海にマップを預けると先を歩く五条の元へ駆けていくと五条の足に抱きついた
五条はすみれを慣れた手つきで抱き上げる。容姿の似た彼らは傍から見れば父娘だった
プライベートの五条の話は九割が適当である
基本的に自分のペースでしか話さないので、真に受けて返せば疲れるし、聞き流してもイラつくのだ
その相手が目上で、先輩で、実力上の絶対強者であるというストレスは、五条悟に関わったものでなければ理解は出来ないだろう
五条に追いついた七海はどうしても気になっていたことを聞いた
「五条さん、ホントになんで着いてきたんですか?別に呪術師がが二人も必要な案件じゃないですよね?今回は、まして…」
「まして超イケメン最強呪術師の五条悟が出る幕じゃない、だろ?」
いい加減疲れてきたので、七海は五条の応えを無視した。それでも五条の話は続く
「確かに心配はないとは思うよ?単独の調査とはいえ、任されたのがオマエなら一人でもきっちりこなすだろ」
「じゃあなんで来たんですか」
「たぶん心配ない案件を絶対心配ない案件にするため。一人でも十分な案件だけど一級呪術師が出張るようなことなんでしょ?それもどうやら悪徳呪詛師か、そのもどき絡みだって聞いてるしね」
「…相手も一級か特級に相当する呪詛師かもしれないと?」
「あくまでかもしれないだけどね」
「そんなあやふやな可能性のために、わざわざ出向いてくるような性格じゃないでしょ、アナタ」
「よき理解者ヅラ、五臓六腑に染み渡るね。ま、今はそういうことでいいだろ?案外僕も多忙な日々に疲れて北にバカンスに来たくなっただけかもしれないし、すみれに東京以外の地を見せてあげたかっただけかもしれない」
「そう、口にする時点で本命は別にあるわけですね。すみれさんのことは別として」
「あ、すみれ。あれ見てごらん」
「どれー?」
「人の話を聞いてくれませんか?言うだけ無駄でしょうけど」
五条は話を途中でぶった切るとある場所を指差していた
そこにはこぢんまりとした屋台があり、山吹色の看板に赤い字でデカデカと書かれたじゃがバターの文字は自己主張の塊だった
「考えてみりゃストロングスタイルだよね、じゃがバターの屋台ってさ。じゃがいも焼いたやつにバター乗っけただけの料理売るんだぜ?ウチで作っても手間かかんねぇよ」
「石焼き芋だって似たようなもんでしょ」
「言われてみりゃそうだ、流石七海、目の付け所がサングラスの奥」
ビシッと指を指されるも七海は五条が言っているのは明らかに…
「ただの眼球の位置情報でしょう。それ」
「ねぇ、さとるー?」
「なぁに?すみれ」
「じゃがいものじゃがってなぁに?」
「へ?」
「なんでじゃがっていうの?」
すみれの質問に珍しく五条が挙動不審になる
「ジャカルタ港から日本に輸入された、という説があります」
「じゃかるた?」
「はい、ジャカルタという国があるんです。日本とは違う国です」
「へー」
「なんで、七海即答できんの、怖っ」
「逆になんで知らないんですか。日本で二番目にじゃがバター好きな男なんですよね?」
「所詮は二番目なんだよね。目指すならナンバーワンじゃないとダメってことかなぁ〜。ということで大将、じゃがバター頂戴!すみれも食べる?」
「たべるー!」
会話の途中で当然の流れのように五条は屋台に吸い寄せられていったので七海はリアクションが遅れた
「食べるんですか?」
「食うよ。だって日本で二番目にじゃがバター好きな男だよ?僕」
「一応、仕事をしに来たんですけどね」
「じゃあオマエは食べなきゃいいよ。僕とすみれの二人だけで北海道を味わうから」
「食べますけど」
「食うんじゃん」
大通公園のベンチに男が二人と女児が一人。片やカジュアルな黒ずくめで片やかっちりしたスーツ、二人揃ってサングラス。女児の服装は黒を基調にしたロリータチックのワンピースに奇抜なカラーのウサギのぬいぐるみ。三人並んで座って揃って持っているのはじゃがバター
パフォーマーやコスプレイヤーが往来を歩いていても然程気にならない大都会札幌であれど目をひく三人組であることは間違いがなかった
「おいしー!」
「うわ、美味しい。ホックホクだよ」
「ウチで焼いてもこうはなりませんよ」
「いや、マジでナメてたわ。屋台で焼くだけのことはあるわ」
「ビールが欲しくなりますね、やはり仕事の後にすればよかった」
「ビールかぁ…僕としちゃ単品で旨いものを酒と組み合わせて考えるのあんまりよく分からないんだよなぁ…え?あれ?」
「どうしました?」
「オマエのじゃがバターなんか僕のと違わない?え?よく見たらすみれも違う?!」
「すみれねコーン乗せてもらった!あとマヨネーズもかけてもらったの!」
「私は塩辛を乗せました。美味しいですよ、あげませんけど」
「いらねーよ、この前祓った呪霊に似てんだわ。ビジュアルが」
「…………💢」
あわよくば気分転換になればと思っていた北海道。七海はすでにちょっぴりストレスが溜まっていた
「ななみん!ななみんのじゃがバター、ちょーだい」
「すみれさん、塩辛食べられるんですか?」
「んー、わかんない」
「すみれ!僕の食べなよ!美味しいよ?!」
「すみれはななみんの食べたいの!」
「塩辛だよ?!」
「いいの、さとるのはあとでー」
「では、すみれさんどうぞ」
「あー」
「え?」
「あーんして?ななみん」
「ちょっと!すみれ?!」