七海と五条の密談

「医者の不養生、って言葉あるよね」

とあるバーカウンターでグラスを揺らしながら、五条は不意に呟いた

前置きなく切り出したその言葉に七海自身は話しかけられているのだと一瞬気づかなかった

「…人形師のあの男のことをいっているんですか?」

「んー、呪術師全体のことだよ。呪いへの対処ってのは、つまるところ人の負の感情への対処だ。気の晴れない仕事も多くなる」

「自分自身が呪いを溜め込む危険性、ですか」

「慣れはしても気持ちよくはないよね。酔いたくもなる」

そう言ってグラスの中身を煽った五条に七海は返した

「アナタの注文はフロリダでしたよね?ノンアルコール」

「僕は何もしてないから酔わなくていいんだよ」

「堂々と言わないでください。ところで五条さん。すみれさんはどうしたんですか?まさかホテルに置いて来たんじゃ、」

「すみれのあの見た目でバーには入れないからねぇ。留守番させようかと思ったけどさせてる間になにかあったらイヤだから連れてきた。ほら、あれ」

五条が指さした先を七海が見ると五条にそっくりな妙齢の女性が五条と七海の座っている席に向かって歩いてきていた

「どちら様ですか?」

「すみれ」

「は?」

「だからすみれだってば、あれ。僕が七海のいるバーに行くって言ったらすみれも行くって言ってね。その姿だとちょっと難しいなぁって言ったらテレビに映ったアナウンサーを指さしてさ」

「さとる!この人くらいならいいの?」

「だいじょーぶだけど」

「じゃあすみれ、このくらいになる!」

「はい?」


「んで、気づいたらおっきくなってた。ウケるよね」

「はぁ…」

「さとる!なんで置いてっちゃうの!」

「メンゴ、メンゴ」

ぷんぷんとその見た目に似合わず怒ってますという表情をしながらすみれは七海と五条が座る席までやってきた

「すみれ、さん?本当にすみれさんなんですか?」

「すみれだよ〜、ななみん」

「あれ、すみれってば何、持ってるの」

「これ?バナナヨーグルト、なんちゃらってやつー。あのおにーさんたちがくれたの」

ヒラヒラとすみれが振り向いて手を振る先には頬を赤く染めた二人組のサラリーマン風の男性がいた

五条はその男たちをわざわざサングラスを外して睨みつけ、七海もそれに倣うように男をサングラスをしたままではあったが睨みつけた

サッと顔を赤から青へ変えた男たちはすみれから顔を逸らす

「ん?どうしたのかな」

「さぁね、腹でも壊したんじゃね?」

「さ、すみれさん。こちらへどうぞ」

七海は座っていた席から一つズレるとそこにすみれを座らせ、七海と五条ですみれを挟むように座り直した

「七海はさ、割と情に厚いんだよね」

「なんですか、急に」

「割り切れるけど平気ってわけじゃあない。そういうところで生まれた摩擦って大人なら多少は処理する手段がある。酒なんて特効薬だよ」

「あまり面白い話とは思わないのですが、続きますか?それ」

「別にからかってんじゃないって」

サングラス越しに五条を睨む七海だったが、五条の顔に普段彼が見せる軽薄な笑みが浮かんでないことを確かめると、静かに五条の話を聞く姿勢になった

「呪いを産むのが人である以上、僕が受け持つ生徒たちもいつかはクソみたいな人間の悪意と向き合う時がくる」

「…呪術師ですからね」

呪術師に限らず、人はそういった苦みを噛みしめ、諦めを知り、絶望を積み重ねて大人になっていくということを七海は知っていた

そして五条は七海がそうやって出来た大人であることを知っている

「僕らみたいなのは、心に回った毒を吐き出す手段を知っている。でもね、多感な時期の若人は別だ。たった一度の毒で心が壊れることもある」

「子供に残った毒を処理するのは、我々大人の役目でしょう。私よりも教職であるアナタの方が存じているのでは?」

「分かってるよ?だからオマエと話すためにわざわざココまで来たんだよ」

五条はグラスの中に残っていたフロリダを飲み干すとチビチビと男性たちに貰ったドリンクを飲むすみれのグラスを覗き見る

すみれのグラスにまだ中身が残っているのを確認すると五条はバーテンダーに注文をつけた

「シンデレラ、二人分ね」

「冗談でしょう」

先の注文に輪をかけて甘いカクテルが、自分の分も用意されたことに七海は目を細めた。もちろんシンデレラはノンアルコール。ミックスジュースの類である

文句を言いたげな七海を無視して、五条はすみれの前に並べられた皿の中からナッツを摘むと口に放り込んだ

「一度ね、オマエに預けてみたい子がいるんだよ」

「伏黒君ではないのでしょう。もちろんすみれさんでも」

「虎杖悠仁、知ってるでしょ」

「…亡くなったと聞いてましたが」

「ゆーじは生きてるよ、ななみん。死んじゃったんだけどね、すくなが、ゆーじのことチョンパしたら生き返った」

「は?」

「あー、今のはオフレコで。悠仁はさ、知ってる通り呪いの王、両面宿儺を宿してる。死者を蘇らせる人形なんてインチキとはワケが違うってこと」

バーテンダーが出来上がった二人分のシンデレラを七海と五条の前にそれぞれ置いた

自身の前に置かれたグラスをつまんで揺らしながら五条は続けた

「僕も多忙だし、オマエと邪魔抜きで話せる機会って何気に貴重なんだよ」

「アナタが今の呪術界を嫌っているのはわかりますが、私はこれでも規定側の人間です。宿儺の器に対してアナタがどのような思惑を持ってるのかは知りませんが…」

「宿儺の器じゃない。あくまで虎杖悠仁という一個人についての話さ」

「それを切り離して話すことが許されるほど彼は気楽な身の上ではないはずです」

「悠仁はさ、真っすぐな子なんだよ。覚悟も度胸もある、戦いに必要な思い切りも。それでも真っすぐすぎるところはある、そういう子は一度でも心が折れたときが心配なんだよ」

「それを私に話してどうしろと?」

「言っただろ、僕は多忙なんだ。精神的な成長のケアまでは正直手が回らないんだよ。一度オマエに預ける機会があると助かるよ」

「私がその頼みを断るとは思わないんですか?」

「だから頼んでるんだよ。呪術師にしろ、宿儺の器にしろ、一人の若人の健やかな成長を願う大人としてさ」

軽薄で適当で冗談ともつかない言葉を並べ立てるのが五条の常であるからこそ真面目な言葉は聞けば分かる

「人の痛みがわかる大人に預けたいんだよ、オマエみたいに」

「そんな甘ったるいことを言うためにわざわざ来たんですか」

「僕が甘党なの知ってるでしょ。それにすみれを高専から出す良い口実になった」

そういうと五条は隣でいつの間にか突っ伏して寝息を立てているすみれの頭を優しく撫でる

「私は、甘いの苦手ですが…」

七海と五条は同時にグラスの中身を飲み干した

「甘っ…」

「旨いだろ?さて、すみれも寝ちゃったし帰ろっかなぁ」

そういうと五条は立ち上がってすみれを慣れた手つきで背中と膝裏に手を回して抱き上げた

七海と五条の密談
「そろそろかな」
「は?」
五条がそういうとお姫様抱っこされていたすみれの姿が
みるみる小さくなっていき見慣れた小さな姿に戻った
「意識が無くなったらすぐ戻ると思ったけど
意外と保ったね」
「どういうことですか」
「すみれの七不思議能力の一つ?」
「答える気ありますか?」
「ないよ」
「おい、呪術師。腹が減った」
「つか宿儺、またすみれの呪骸乗っ取ったな。
呪骸は腹減らないでしょうが」
「小僧がぽてちとこおらばっかり食っていて飽きたのだ」
「はいはい」


|

小説Top|Top