お風呂のはなし
あの後も中々戻って来ないあおいに痺れを切らして迎えに行くと母親とまだ話足りないらしくてイヤイヤと愚図りだした。
仕方なくあおいの脇に腕を差し込んで持ち上げるとムスッとした顔で俺を睨みつけてくる視線を無視して風呂場に運ぶ。
「一緒に入るか?」
そう言ってみるも
「あおい、ひとりでできるもんっ」
父、撃沈。
バン!っと脱衣所のドアを閉め追い出されたのが10分くらい前だ。
そろそろかと思いかき混ぜていたお玉の手を止めてガスコンロの火を消すとタイミングよくピピーピピーと俺を呼びつける間抜けな音がキッチンに鳴り響いた。
その音を聞いて風呂場に行くと子供用の椅子にちょこんと座り、ピンク色のシャンプーハットを被った娘がいた。
「洗えたか?」
「うん、だいじょーぶ!」
「そうか、じゃあ次はシャンプーな。目ぇ瞑ってろよ」
「はーい」
シャワーコックを捻ってお湯を出し温度を確かめる。自分が浴びる時よりも幾分かぬるめの温度に設定したあとあおいの頭にお湯をかけていく。
「熱くないか?」
ふるふると頭を左右に振っているので大丈夫ということだろう。シャワー片手にあおいの髪全体が濡れるようにお湯をかけた。
あおい用のシャンプーを手に取りよく泡立てるとこれまた慎重にあおいの髪を洗い始めた。
昔、一度だけ何にも考えずに自分の時の癖でガシガシと洗ってしまった時、当たり前だが大泣きされた。あの時は大変だった。
近所のガキ大将もビックリな騒音だったなぁ。
「うわあああああああん!いたいよおおおお!」
「わっ、わりい!」
「パパ、やあああああああ」
風呂から上がったあともしばらく泣き止まなかった娘を何とか宥め終えた頃にはヘトヘトになったので二度と同じことは繰り返さないと心に誓った。
「パパ?」
物思いに耽っていると娘が不思議そうな顔をして俺を下から見上げてた。どうやらあの惨劇を思い出していた間、俺は手を止めていたらしい。
「わりっ、なんでもねぇよ。流すから目ぇ閉じてな」
コクンと一つ頷いたあおいの髪にシャワーをかけて泡を流していく。あおいの柔らかくて細い髪は母親であるアイツによく似ていた。
泡を綺麗に流し終えるとコンディショナーを少しだけ手に取り、優しく毛先に馴染ませていく。最初はコンディショナーとかトリートメントとかリンスとか良くわかんなかったが俳優仲間…にいろいろアドバイスを貰いあれやこれやと説明を受け今にいたったのだ。
適当にやっていたとバレたときのあの金髪2人組がヤバかった。いつもはバチバチと冷戦しているくせにあおいのことになると結託してくるんだもんな。
「よし、できたぞ」
コンディショナーを流し終えてあおいの小さな頭からシャンプーハットを取外し、髪を軽くまとめヘアクリップで止めた。
いくらシャンプー前に湯船に浸かって温まっていても湯船から出てしばらく経てば自然と身体は冷えてしまう。あおいの身体を持ち上げて湯船にそっと下ろすとあおいは自ら湯船の中に身体を沈めた。
「いいか、今日は30数えろよ。できるか?」
「うん」
娘の“いーち、にーい、さーん”というのんびりとした声を背に俺は塗れた足をタオルで拭い、捲っていたズボンの裾を元に戻した。
ふかふかのバスタオルを準備して、今日のあおいのパジャマは何にするかと考える。
「ウサギかネコか、いやクマ…は洗濯中だったな」
サメは女の子が着るには少々変わり種だが、ギャップ萌えというやつだ。世間にはサメの着ぐるみを着たネコがいるらしいからな。
悩んだ結果、ウサギを手に取ると数を数え終えたあおいが湯船から出て俺の後ろに立っていた。
「パパぁ、あおいちゃんとかぞえたよ」
「おう、ちゃんと聞こえてたぞ。えらいな」
「あのね、きょうはうさぎさんがいいな」
「わーってるよ」