萩原 研二
「けんちゃんってばー」
スマホの通話口からガザガザと布の擦れる音が聞こえている。なかなか寝たふりをしたまま起きない萩原が包まっている布団をあおいが揺らしているのだろう。
「パパ、けんちゃんおきないの…ふぇ」
潜り込んだ布団から出てこない萩原にあおいの声が震え始めているのが電話越しでもわかった。
「…おい、萩原ァ。聞こえてんだろーが。今すぐ起きろや。これ以上あおいのこと泣かしてみろ。許さねぇからな」
自分でもかなり低い声が出たのがわかった。
「はは、あおいちゃんのパパは恐いなぁ、もう」
俺のドスの聞いた声を聞いてやっと起きる気になったのだろう。萩原の声が先ほどよりも鮮明に聞こえて、すみれに謝っている声を聞こえてくる。謝るくらいなら最初からやるんじゃねーよと悪態をつきながら2人の会話を聞いていた。
「ごめんね、あおいちゃん。お迎えありがと。助かっちゃった」
「んーん。けんちゃんのことおこしてあげるのはあおいのしごとだもん。あとね、けんちゃん。きょうのよるごはんはオムライスなんだよ!」
「へー!松田のやつ洒落たの作ったじゃん!」
萩原のその一言にこめかみに力が入り、口元がひくついた。
「おい、萩原。そんなに夕飯いらないなら最初から言えや」
「え?いらないって言ってないじゃん」
「つかいつまでダラダラしてんだてめぇはよ。せっかくの飯が冷めんだろうが。あおいに冷えた飯食わせる気かよ」
「ちょ、待って。それ早く言ってよ。もう出来てるってこと?すぐ行くから!ごめん!あおいちゃん、これパパだから!お話してて!」
その声を聞いて俺はすぐに自宅を出て萩原の部屋へ乗り込んだ。すぐ近くの部屋からバッタンバッタンと慌ただしく喧しい音が聞こえてくるのでやっと準備を始めたのだろう。…ったく遅ぇんだわ。萩原からスマホを受け取ったあおいが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「パパ?」
「おぅ」
電話口と背後からと二重で声が聞こえているはずなのだがそんなことすら気づかずにすみれは一生懸命に俺に萩原を起こしたのだと伝えてくる。
「すみれ、けんちゃんのことおこしてあげたよ」
「ああ、えらかったな」
目の前にいる小さなかわいいうさぎを俺は抱きしめた。ピクンと反応したあおいは振り向いてぎゅうっと同じように抱きついてくる。抱きついてきた娘を抱き上げるとあおいは俺の首に細い腕を回してしがみついてきた。
そんな娘の背中をゆっくりトントンと叩く。そして準備が終わったのだろう萩原が寝室に戻ってきて俺に抱きしめられているあおいを見て素っ頓狂な声をあげた。
「あれ?松田。なんでいるの」
「おめぇが遅いから迎えに来たんだよ。バーカ」
あおいを抱いているため手は使えない。俺は前を歩く萩原の尻を己が脚で蹴っ飛ばした。
「いてっ」
「ほら行くぞ」
「はいはい、お待たせしましたよ」
「そうだ、萩原。酒あんだろ、持ってこいや」
「え?珍しい。飲むの?」
「飲まねぇの?」
「飲む」