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指が絡み合ったまま、薬草室の静寂が二人の間に満ちる。 セレスの指先が、医者が脈を取る時のように、しかしそれよりもずっとためらいがちに、向日葵の手のひらをなぞった。彼の指は、触れた瞬間に脈と心を読む。
「……君の脈は、穏やかだな」 セレスは呟いた。その声は、安堵とも失望ともつかない、複雑な色を帯びていた。 「まるで、嵐を知らない湖のようだ」
彼が読み取ったのは、恐れも、恋愛的な高揚もない、ただただ純粋な「興味」と「親愛」だった。この男が今、どれほどの葛藤を抱えているかなど露知らず、ただ「冷たい手を温めたい」と願う、無垢な鼓動。
その純粋さが、セレスにとっては刃だった。 自分の内側にある、救えなかった命への記憶、官能的な遊びでしか他者と繋がれない歪んだ自己防衛――それらすべてが、彼女の光によって醜く照らし出されるようだった。
「セレスさん?」 向日葵は、黙り込んだ彼を不思議そうに見上げた。そして、まるでそれが当然であるかのように、包んだ手にもう片方の手も重ね、彼の指先を自分の頬へと持っていく。 「ほら、やっぱり温かい方がいいですよ」
「……っ、やめろ」
セレスは、弾かれたように手を振り払った。 その動作は乱暴だったが、彼女を傷つけないよう寸止めされた、制御された力だった。 向日葵の手が、行き場を失って宙に止まる。
「……それ以上、無防備に触れるな」 セレスは椅子から立ち上がり、彼女に背を向けた。その声は低く、拒絶に満ちていた。 「君の好奇心は、時に人を傷つける。俺の領域に踏み入るなと言ったはずだ」
いつもの余裕のある彼に戻った、と向日葵は一瞬思った。 だが、違った。 窓の光に照らされた彼の背中は、拒絶しているというより、何かに必死に耐えているように小さく震えていた。
「君を、俺の『遊び』に巻き込みたくない」 セレスは、自分自身に言い聞かせるように言った。
「俺は、君が思うほど優しくも、強くもない。……だから、もうお帰り。子猫」
それは、彼の最大の自己防衛だった。 愛を受け入れることができない彼は、これ以上この無垢な温もりに触れれば、自分自身が壊れてしまうか、あるいは彼女を「遊び」として傷つけてしまうことを、本能的に恐れたのだ。
向日葵は、振り払われた手をゆっくりと下ろした。 彼女は、セレスの複雑な内面や過去を理解したわけではない。 だが、彼女の本質である「無垢」は、時に神々の思惑さえ超えて、真実の核心を突く。
彼女は、セレスが自分を嫌って突き放したのではないと、なぜか分かった。
「……セレスさん」
「……何だ」
「セレスさんって、怖がり、なんですね」
セレスの肩が、今度こそ驚きに強張った。 彼が振り返る前に、向日葵はくるりと背を向け、扉に手をかけた。
「私、もう寝ます。フクロウたちが待ってるから」
彼女は、いつもの天真爛漫な口調で言った。
「おやすみなさい、セレスさん。……手、温かくしてくださいね」
パタン、と扉が閉まる。 再び一人になった薬草室で、セレスは呆然と立ち尽くしていた。 窓から差し込む中立神域の静かな光が、彼が振り払ったはずの左手を照らしている。そこにはまだ、彼女の温もりが残っているようだった。
「……怖がり、か」
初めて他人に指摘された、自分自身ですら蓋をしてきた本質。 セレスは、その手に顔を埋めるようにうなだれた。仮面の下の素顔は、戸惑いと、そして今まで感じたことのない微かな痛みで歪んでいた。