デートは計画通りにいかない

恥ずかしながらグレノラです😭
突然始まって突然終わる




----------------------------



「ノラ!こんなところで奇遇だな、会えて嬉しいよ」
「…………、」
「その顔、傷付くなァ。もしかして君って異性装差別主義?正義のFBIが聞いて悲しむぜ」
「先に断っておくけど私はソレに特別偏見はないよ。この態度は君本人に対して」
「ハハハッ!今日も絶好調なようで何よりだ!」

 楽しそうに大きく口を開き周囲の視線もまったく気にすることなく笑い声をあげる目の前の人物は、不本意ながら何かとよく顔を合わせる人間だった。恐ろしいほど均一に整った顔とシルバーの髪。それなりの格好をしていれば誰もが振り返るであろう美貌のこの男、ランディ・グレイは、変装のためかはたまたただの趣味なのか、顔を合わせるたびに違う格好をしていた。今日はどうやら異性装、つまり女装の日らしい。普段であれば如何にノラが先にグレイの姿を視認し素早く自然に道を引き返すかに掛かっているのだが、今回に限ってはご丁寧に被られたウェーブがかったブロンドのウィッグのせいで、一瞬認識するのが遅くなった。そして、それが敗因となってしまった。

「さっきも言ったが奇遇だな。君の本拠地はバージニアだろ?もしかしてプライベート?」
「相変わらずよく動く口だな……」

 怒りを通り越してもはや辟易する。しかしノラの明らかな溜め息混じりの返答にも、グレイはまったく堪えている様子はない。この男に負わされた傷や所業を考えれば個人的にも司法的にも決して許せるものでは無い。自身で自負している通り生粋のシリアルキラーであるグレイを見つけ顔を合わせたからには、ノラの立場としてこのまま何もせずに見過ごすのは難しい話だ。

「お察しの通り、ここにはプライベートだ。だから君に邪魔されて正直最悪」
「連れないな。愛しのダーリンはいないのかよ。確か名前は、」

 瞬間、ぞくり、と。グレイの肌が粟立ったのは気の所為ではなかった。アイスブルーの瞳がグレイを射抜く。普段は人当たりの良い光を浮かべる様はすっかり形をひそめ、そこに浮かぶのは獲物を狩る狩人の鋭さだ。これ以上続けていれば脳天に一発撃ちこまれていただろう。いや、この人通りの中で彼女がその選択をするとは思えないが、それでも本気でそう思うほどの殺意がそこにはあった。

「……ハッ、いーねえ。独占欲強いタイプ?俺と真逆だ」

 数秒の間、ノラは何も言わずにグレイをじっと見つめていたが、不意にその緊張の糸を切り、息を吐いた。本来であれば応援を呼びこの男を捕えなければいけないところだが、本人に悪事の予兆が見られないことと、人の往来が激しいこの場所での被害を考えると見なかった振りも選択の一つだった。
 逡巡の末この場を離れようと踵を返そうとしたノラの行動を理解っていたように、グレイは彼女の肩を引き寄せる。

「まあいいや。折角なら近くのカフェにでも入らね?いい場所知ってんだよな」
「生憎時間が押しててね」
「おっと、ダウト」
「その心は?」

 早く解放してくれと言わんばかりのノラの態度もグレイはまったく意に介した様子はない。肩に回したままの腕はそのままに、男はノラへと視線を滑らせた。

「まず第一に、余裕がありすぎる。目線こそ俺に向けてはいるが、周囲に気を張り巡らせてるな。色男を前にしてるっつーのに、妬けるぜ」
「超危険人物である君と相対すれば不自然じゃないと思うけど?」
「お眼鏡に適って光栄。じゃあ次にその手に持ってるカップ。角にある珈琲ショップで買ったんだろ?いいね、俺もお気に入りの店だ」
「そう。じゃあ残念だけど今日が最後になっちゃうかな」
「そう言うなよ。急いでいるにしては優雅だな?そういえばこの先に公園がある。夜になるとカップルがベンチを埋める最悪の青姦スポット。エスコートしてやろうか?」
「悪趣味に付き合うつもりないから結構だよ」
「残念。ンで、最後にそれ」

 大袈裟に肩を竦めたあと、グレイはノラの右手、もっと具体的に言えば右手首を指さした。ノラは持っていたカップに口を付けて、視線で続く言葉を促す。

「服の裾に隠してはいるが腕時計だよな。俺と会ってから一度も見ていない」
「……驚いた、よく気付いたね」
「そりゃあ、アンタのことはなんでも気になるからな。特に"そこ"は」
「やっぱり最悪の趣味だ」
「あんま褒めんなよ」

 グレイはノラの驚きを前にニヒルに笑みを浮かべた。そして彼女の持つカップを攫うと一気に飲み干し、空のそれをその場に投げ捨てようとする、ところをノラが予測していたように受け止めた。

「……本当に惜しいな」
「人間観察とかいうクソつまんねえ根暗趣味の友人からの受け売りでね。つーことで、俺とデートする時間はまだたっぷりあるっつーことだ」

 愉しげな色を瞳に滲ませるグレイに顔を覗き込まれ、ノラは口を閉ざす。いくつかの断り文句が頭の中に並び、そしてそれを発した後の相手の反応と返答を予測し、そして諦めた。目の前で笑う男との問答に精神を擦り減らすぐらいであれば、ある程度意に沿ってやって早く解放されたい。確かにグレイの言う通り急いでいるわけではないが、かといって暇なわけでもない。数時間後に約束している婚約者との食事には絶対に遅れたくなかった。

「一時間。それ以上はお前に割いてやれない」
「満足させてやるには十分だ」

 ぱちりとウィンクをひとつ。似合っていないわけではないが女だと言い切るには難しい恰好をしていなければ、さぞ世の異性、いや同性にだって騒がれただろう。いや、表の顔である俳優業で騒がれているのが結果だったか。少なくとも様々な因縁を持つノラには不快さすら感じれど頬を赤くする情緒は無い。
 そんな話題を集めたランディ・グレイが、まさか女装姿でニューヨークの街を歩いているなんて誰が思うだろうか。機嫌のよさそうな足取りで石畳を歩くグレイに半ば引きずられながら、ノラは本日幾度目かになる溜息を吐き出した。







「私のためを思うなら、せめてあのくたびれた姿でいいから男性の姿で現れてくれない?」

 洒落た店内BGMが掛かるカフェの中。高身長の女装男と、それに引きずられてくる小柄な女の組み合わせは当然ながら目立つ。言葉にはしなかったものの店員は奇異の目を向けていたし、店内の客だってたまにこちらへと視線を投げかけているのは振りむかずともわかった。こんなやつの連れだなんて思われたくない、というのが当然ながらノラの心情だ。

「あ?ああ、もしかして有象無象の視線とか気にしてる?殺してやろうか?」
「君に提案した私が馬鹿だったよ」

 運ばれてきた本日二杯目の珈琲(一杯目は目の前の男にほとんど飲み干されてしまったが)に口をつけて、正面に座る男を見る。彼の前にはブラックの珈琲とストロベリーショートケーキ。これが親友のクロエとの時間であれば心も踊ったものだが、考えれば考えるほどにノラの気分は落ち込む。折角の数少ない休日に、わざわざニューヨークまで出てきたというのに。私はどうしてこの男とティータイムに勤しんでいるのだろうか。
 窓の外へと視線を向けたところで、フォークを手にしたグレイがおもむろに口を開く。

「なあ、俺たち、いい友人になれると思わない?」
「は?まったく、これっぽっちも思わないけど」

「ああ!そうだった。俺はアンタのこと愛してるんだ、ノラ・バグショット。確かに友人関係にはなれそうにない」

 ぐさりと、勢いよく振り下ろされたフォークによってストロベリーが無惨な姿に変貌する。その勢いでテーブルには白い生クリームも飛び散ったのだが、眉根を寄せたノラとは裏腹にグレイは気にした様子は見せない。そしてフォークをくるりと回せば、無遠慮にノラの唇へと押し付けた。元より彩られていた唇の赤が混ざる。付着していた生クリームがべたつく不快感にノラの眉間に更に皺が寄る。
 しかしそれでも頑なにノラが口を開かないと分かるや否や、グレイは呆れたように首を傾げた。

「……もしかして、キスで拭って欲しいとかそういうロマンチックな少女趣味?」

 それにはじろりと鋭い視線を向けられ、グレイは「おー怖」と軽薄に言葉を吐きながら押し付けていたそれを己の口内へと放り込んだ。