「九十九はさ、出世すると思うな」
「は?」
仕事終わりの居酒屋、お互い三杯目へと突入したビールジョッキを手にしながら目の前の彼女は口にした。
「そんな感じする。面倒見いいし、良い上司になりそう」
「俺たち、この前本部に配属されたばっかだぜ?」
「いいでしょ、未来の話なんて今しかできないよ?」
「そりゃあそうだけど。……でも、ンなこと言ったら相模原。お前の方が、」
お前の方が。続く言葉を飲み込んで、首をかしげる彼女に首を横に振った。元々酒に強くない相模原の表情は既に眠気に襲われつつあるのか、いつもの凛とした姿からはかけ離れている。
「……そろそろ帰るかぁ」
「ええ?なんだったの?」
「なんでもねーよ。それよか涼ちゃんがこれ以上酔っ払って家に帰れなくなったら困るだろ?」
「そんなことにはならないよ」
「どうだか」
不満そうに眉をひそめた相模原に威厳の文字は見当たらない。明日はお互い休暇とはいえ、仕事柄いつ呼び出されるか分かったものではないし、今ここで止めなければ後日彼女に怒られるのは九十九自身だろう。
まだ飲めると豪語する酔っ払いを宥めて会計を済ませれば早々に店を後にする。どこからか鈴虫の声が聞こえてきた。もうそんな季節なのかと思っていれば、不意に空いた右手が攫われる。
「頑張ろうね、楸くん」
手のひらが、指が触れる。固い金属の冷たさがじわりと染みる。その感触が幸せだった。確証はないが、きっといつまでも続くのだろうと思っていた。
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指先から冷えた石の感触が伝わる。触れた墓石には彼女の名前が刻まれていた。
俺なんかより、きっとお前の方が。正義感が強くて、自分に厳しく人に優しいを体現するような性質で、いつだってまじめで真剣だった。俺とは真逆のお前を尊敬していたし、憧れでもあった。お前と違って俺は世界と大切な人を天秤にかけられたら大切な人を選ぶし、白バイかっけーって理由で警察官になっただけで正義感とか別になくて。正直名前も顔も知らない一般人より周囲にいる身近な人間を優先したいし。だから、きっとお前の方が。
「お前の方が、立派な刑事になっただろうに……」
相模原が死んでからというもの、どこかで彼女の真似をしている自分がいる。こういう時、相模原ならこうする。相模原ならこの選択を取る。相模原なら。相模原なら、きっと。
それが正しいのかどうかなんてわからなくなってしまったけれど。それでも、彼女が立っていたかもしれないこの立場を、俺は譲りたくなかった。それだけがいま彼女を感じられる唯一の場所のように感じしてまっているのだから。