「手、繋ごうって言ったら繋いでくれる?」
「あ?別にいいけど」
というか、こうして改まってではないとはいえ、何度か手ぐらい繋いだことはあるだろうし。
久しぶりにと二人で出掛けた帰り道。お正月ムードを漂わせた街並みから離れてしばらく、住宅街の空の上にはもうすっかり星が煌めいていた。
そんな質問を投げてくるのだから手を繋ぎたいのか?人肌恋しいってやつ?と彼の手をちらりと見るが、ぴくりとも動く様子はない。投げられた意図を理解できずに首を捻っていると、続けるように質問が飛んだ。
「じゃあ、キスは?」
思わず隣のそいつの顔を見る。冗談?と聞くには思い詰めたその表情に、一度開きかけた口を閉ざした。
考えたことなんてなかった。当然のことだ。友人、幼馴染みに対してそんな想像をしたことがなかった。
いざ想像してみれば、うん、うん?なんか、まあおかしいけど、できる、気がする。学生時代にも罰ゲームとかなんとかで男友達とキスしたこと自体はある。春樹が相手ならきっと、その時覚えた嫌悪感もない、と、思う。
「できるよ」
しばらくの思考の末捻り出した結果を口に出せば、春樹は項垂れて口を噤んだ。
しばらく二人の間に沈黙が落ちる。……選択ミスったかも。やっぱ冗談だよな?って茶化した方がよかったのか。今言っても間に合うか?いや、余計ガチ感増すだろ。
不安と焦りがじわじわと侵食する。冬も真っ只中だというのに妙な汗が背中を伝っていた。今日一日、確かにいつもよりぼーっとしてるような気はしていたのだが、自分が考えていたよりも彼の中で大きな悩みがあったのかもしれない。
「それじゃあ、付き合って、って言ったら、どうする?」
ぴたりと隣で歩く春樹が足を止めて、俺はそのニ歩先で立ち止まった。
付き合うって、どこに?とか、そんな定番の台詞は口から出なかった。だって、振り向いた時に目に映る春樹のその瞳が、祈るような、縋るような、強い何かを感じてしまったから。
「付き合いてえの?」
視線が逸れる。薄い唇が一度、二度と開いては閉じて、そしてきゅっと引き結ばれたと思えば不器用に弧を描いた。
「……ごめん!変なこと言っちゃ、うわ!」
諦念が滲むその表情を目にした時、彼の言葉が最後まで紡がれるのを待つことなく身体は勝手に動き出し、その腕を掴んだ。春樹の身体が強張った感覚が手のひら越しに伝わってきたが、そんなことはお構いなしと力任せに引き寄せる。
「ッ陽、」
掴んだ方とは逆の手で手のひらを取り、中途半端に開かれた相手の口端に唇を寄せた。あ、やっぱり大丈夫そう、てか、普通にできるかも。ぼんやりとそんなことを考えながら瞼を押し上げる。大きく見開かれた赤い瞳には自分の青が映し出されている。
数秒か、はたまた数十秒か、触れ合っていた唇をゆっくりと離せば、目の前の赤色を覗き込んだまま小首を傾げた。
「……他にやりたいことは?」
「な、い……です……」
「そ。じゃあ帰ろうぜ」
自分の服の裾で春樹の口端を軽く拭き取り、繋いだままの手のひらを引いた。思いの外抵抗なく斜め後ろについてくる足音を聞きながらゆったりとした足取りで道を歩く。
……人に見られてなくて、マジでよかった。脳内に浮かぶ"淫行に及ぶ公務員"という字面。考えれば考えるほど嫌な汗が出る。
じわりじわりと嫌な想像が過っては消えていく中、ふと手を引かれたままの春樹がおもむろに口を開いた。
「……陽仁、なんで恋人いないの」
「さあ。カッコよすぎて、逆に?」
「勿体ないよ……」
「じゃあ独り占めできてよかったな」
「……そういうところ!」
「痛ッ!」
つねられた左手の甲がひりひりと悲鳴をあげている。
ふふふ、と控えめな笑い声が聞こえて、ようやくほっと息を吐き出した。再び繋ぎ直された手のひらは、先ほどよりも強く二人分の熱を帯びていた。