髪紐探しにくる話

 窓から暖かい日差しが降り注ぐ昼下がり。昼食を終えて業務は後半戦へと向かう最中ではあるが、この陽気な空間に誰が抗えるというのだろうか。特に強い志もなくこの職についたけれど、事件が起きなければ比較的緩やかな時を過ごせるのはありがたいことだった。今日は幸か不幸か同僚はみんな出払っており、執務室には自分ひとり。机に肘をつき、ちょっと目なんて瞑ってしまおうかと誘惑に身を委ねかけた、その時だった。
 がちゃり。ドアノブが捻られる音が部屋に響き、溶けかけていた上体を慌てて起こす。如何にも真面目に仕事をしていますと言わんばかりに、デスクに放り投げられていたペンを手に取って扉の先へと意識を向ければ、入ってきたのは恐れていた上司ではなかった。

「すまない。取り込み中だったか?」
「あ……いえ……え?リュカ、くん?」

 丁寧に扉を閉めてこちらへと向かってくるのは、同僚の一人、リュカくんだ。真面目が服を着て歩いてるみたいだよね、と笑って言ったのは彼のバディで同じく同僚であるスロウくんの言葉で、確かに、と神妙に頷いてしまったのも記憶に古くない。
 そんな長い金糸をひとつに纏め上げている彼が、今日は珍しく重力に従うままに下ろしている。普段の姿に見慣れているからかこうして見てみると、どこか隙ができたような、色気が増したような、なんだかそわそわしてしまう。まるで見てはいけないものを見てしまった、みたいな。

「ど、どうしたの?イメチェン?」
「いや……」

 否定の意を込めて横へと首を振られる。その仕草さえ普段は感じない色香を纏っているような感覚になり慌てて脳内の邪念を追い払う。い、いけない!これが世に言うギャップというやつか。ふう、と目の前の彼にバレないよう一息ついて、ようやく差し出された彼のてのひらに乗っている一本の紐に気が付いた。ああ、なるほど。

「髪紐切れちゃったんだ?」
「ああ。もし誰か替えを持っていればと思ったんだがーーー」

 その言葉とともに、リュカくんの視線が部屋全体をゆっくりと移動する。そして端まで辿り着けば、最後は私のもとへと戻ってきた。

「……今日は人が少ないんだな」
「うん、みんな外回りに出ちゃった。私はバディがお休みだから今日は書類仕事」
「そうか、ご苦労様」
「いえいえ、リュカくんこそ……」

 サボれるぞ!と先ほどまで意気揚々としていた身からすればその気遣いは非常に心苦しい。リュカくんの場合、本心でそう言ってくれているのだろうとよくわかるから猶更だ。

「私が替えを持ってたらよかったんだけど……」

 肩口でさっぱりと切られた自分には髪紐なんて無用なものだ。とはいえ、こんなことがあるならば予備ぐらい持っておいてもよかったかもしれない……。そんな下心を抱えながら代わりになるものを探すためにデスクの引き出しをあけていれば、すぐに彼から静止がかかる。

「いや、迷惑をかけた。そこまでしなくても構わない」
「……そう?」
「ああ。……これを機に切るのもいいかもしれないな」
「え!?もったいないよ!」

 なんともなさそうに、どこか鬱陶しそうに手で髪をまとめながらそう言うものだから、思わず目の前の彼が驚いてしまうような大きな声が出た。

「ご、ごめん!綺麗な髪だからつい……」
「そ、うか」

 しん、と。静寂と共に誰がどう見ても気まずい空気が場に漂う。なんでもないただの同僚が、たかが髪を切る切らないに口を出すの気持ち悪くない!?遅れて後悔がやってきて、言い訳の言葉をなんとか手繰り寄せていると再び扉が開く音がした。
「リュカ、遅いよ〜…………ええ?どういう状況?」
 寝ぼけ眼のまま、のんびりとした口調と同じくゆったりとした動作で顔を室内へと覗き込ませた黒い外套を羽織った彼、スロウくんは私とリュカくんの視線を一身に浴びながら、こてりと首を傾げた。




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「あはは。そうだったんだ。まあ、もったいないっていう気持ちはわかるなぁ」っていうスロウのセリフからもっと続けられそうではあったんだけどいよいよ本格的に着地点がわからなくなったのでこのまま切ります。甘い要素入れられなかった。無念。供養。