大学院生が妹にコーヒーを出します。







以前と同様に偶然であった女子高生、黒羽優は俺の顔を見て泣き出した。




思わず変装をし忘れて外にでも出てしまったか、と違う意味で焦ってしまった。



顔を見て泣かれることは、初めてではないが

沖矢の顔にしてからは、女優であるあの女性が好むだけあって他人の受けが良かった







普段なら面倒くささが勝つのだが、

どうにも放っておけないのが優という少女だった。




泣きながら歩く女子高生と、それを連れて歩く男という図は目立ったようで、



「別れ話かな、」



「・・・誘拐?」




など、行き交う人々の視線を背中に受けながら工藤邸へと向かった。




なぜ俺が彼女の面倒を・・・、などと思う頃には、コーヒーも出し落ち着かせた後だった。

話をしだした優には、やはり予想通り兄が居た。

兄が心配ゆえに泣き出すまで思いつめるとは・・・健気な妹だ。








ふと、昔の事を思い出す。

健気さゆえに、一人で抱え込み

そして命を失った彼女の事を








健気さは、美徳だ


だが、なにごとも過ぎたるは及ばざるが如し。






抱え込んで一人で泣いて・・・


馬鹿としか言いようがない。




そんな彼女の事を救えなかった俺は、彼女以上の大馬鹿なわけだ。






何を言ってもいまさら変わるわけではないが、

目の前の少女には、あいつのように抱え込ませたくはない。



いずれその重荷が自身を蝕んでしまうことのないよう、

気付いて、荷を降ろしてやることが俺のすべきことだろう、漠然とそう思ったのだった。






優が何も出来ないことを気に病み、何かしたいと思う気持ちは分かる。

だが、
そこで優に無理をさせてまで兄の手助けを後押ししようとは思えない。


俺も兄としての気持ちが分かるからこそ、だ。




怪我をするような何かをしているなら、優が怪我をする可能性だってあるのだから

おそらくむやみに近づけさせたくないだろうことは分かる。




俺に、優の兄の気持ちが分かっても、妹の優には分からない
それが歯がゆいけれど、きっと知られても兄は気恥ずかしいだろうから知らぬままでいいという矛盾した気持ちがあった。




結局、たいしたアドバイスは出来はしないが、
兄ならば、妹が笑っていればそれでよいのだ。

これは、世界中のどこの兄もそう思うだろうこと。



俺がそう思うように。
優の兄も。



変装中にもかかわらず、つい真澄の存在について話してしまったことは予定外ではあったが

同じ兄ゆえの意見に優は納得がいったようだった。




思いつめた表情が消えたことに、どこか俺自身もほっとし無意識に手を彼女の頭に伸ばしていた。



すると、彼女から返ってきたのはその動作が癖か、という質問であった。

言われてみれば、彼女の頭を撫でるのは初めてではないことに気付く。



だが、なにかとそういう行動にでるかというと答えは否。
家族でも、ましてや恋人でもないのに年頃の女子高生に少々触れすぎたか、と思い至った



けれどなぜか優は必死に否定し、




「嫌じゃなくて、その、むしろ・・・う、嬉しいなって、」




「っ、」






ノーガードでパンチを食らったように息が詰まった気がした。

自分がモテないわけではないのは、うぬぼれではなく知っている。

女性と幾度となく、そういった関係をもった経験もある。任務でもそうだった。





だが、慣れているのはどれも、いわゆる大人な関係。

回りくどい言い方をお互いに文脈から読み取って、その場の空気を感じ取って、

稚拙な言葉など捨てて、感覚だけを研ぎ澄ませるようなそんなもの
そういったやり取りが多かった。


優の様に、こうも純粋な好意の表し方は・・・初めてと言っていいほどだった。

穢れのない瞳をこちらに向けて、


心のあるがままに言葉をつむぐことが此れだけの破壊力を生むものなのかと三十を過ぎて漸く気付かされるのだった。









「あの・・・ごめんなさい、変なこと言って・・・」



らしくもなく顔に熱をもったのを感じすばやく手で多い顔を逸らす。

その動作に不安になったであろう優の謝罪にすら俺はまともにフォローすることを忘れ、





「・・・いえ、」

コーヒー入れなおしてきますね、




沖矢としてなけなしの演技をし、部屋を立ち去ることで精一杯だった。




















言葉どおりコーヒーを入れながら本来の冷静さを取り戻そうと努める。


「中学生か俺は・・・」




FBIの赤井秀一

―――今は沖矢昴になりすましている―――

が黒の組織でもうまく立ち回ったというのに、



平凡な女子高生にその仮面をはがされそうになるなど、あってはならないのだ

しかし、目を瞑れば先ほどの優の可愛らしい発言と表情がしっかりと脳裏に焼きついてる。



「やれやれ・・・やってくれるな、」




誰に言うでもなく呟かれた言葉がどういう意味なのか、
優が知るのはもう少し先の話・・・。

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