大学院生が探し物を手伝います。











これまで全く関わり合いがなかったが、知り合いになって以来不思議とよく会う


気分転換にと米花公園へ散歩に来てしゃがみこむ彼女を見つけ、
声をかけようと近づくと

彼女の不安そうな声が聞こえてきた。





「どうしてないの・・・あれは、」


どうやら俺がそばによって来ていることにすら気づかず、何かを探しているようだった。




驚かせないように優しく優に声をかける。

「優さん?」


「お、沖矢さん、こんにちは」




草をかき分けていた手を止めてこちらを見る優の瞳には、やはり不安の色が見えた。





俺は自然と優に問い、自ら彼女に関わるような行動をとっていた。


「こんにちは、どうされたんですかこんな所でしゃがみこんで」







「お、おきやさぁぁぁん・・・」



不安の色に染まっていた瞳がみるみる潤んでいく。彼女は本当に泣き虫だ。


笑った顔は愛らしく、印象に残っているが
おそらく見ている回数が多いのは泣き顔のほうだろう。




「こらこら。泣かない、泣かない」




彼女をなだめる行為が俺の恒例となりつつあり、
おかげで恐る恐るしていた頭を撫でる加減も今や自然とこなせる程であった。


撫でるついでに、さらさらとしていて指の隙間を逃げてゆく彼女の髪をさりげなく堪能していることは俺だけの秘密である。



「だって・・・」


「お話聞いてあげますから、落ち着いて」


ついボウヤたちを扱うような感覚で対応してしまったが・・・、


彼女には失礼かもしれんが
俺にとってはまぁ・・・同じようなものだからな。





優の素直さが、純粋な子どもさながらであるが故だ。
想いを相手に真っ直ぐに届けようとする彼女の姿勢には好感が持てる。



俺自身が、そういったことを苦手で、歪んだ大人であるからかもしないが。




ベンチに腰掛け経緯を聞くと、ストラップを無くしたとか。それも、兄から貰ったストラップ。



今回も兄が絡んだ一件であるとは・・・。
うすうす感じてはいたが、黒羽優という子はなかなかに兄中心の人間、

いわゆるブラコン、というやつだな。




汚れることも厭わず、膝をついてしゃがみこみストラップを探す様には、いじらしさがあり、
俺が彼女の兄であったなら、兄貴冥利に尽きるだろう。


本来の妹・真澄では、そのような姿は欠片も想像できないからな。




「・・・ストラップは、どんなものなんですか?」


「あ、えっと・・・白のタッセルがついているストラップです、これくらいの。」




優が手で大きさを表しながら伝えてきた特徴を頭に入れ、それを探そうと立ち上がる。
誰かが拾ってしまった可能性も否めないし、見つかるかは分からんが・・・


一人より二人の方が探すにはいいだろう。





すると後ろから、

「探すの、手伝ってくれるんですか・・・?」


優がそう声をかけてきた。






俺は「えぇ、」と返し言葉を続ける




「優さんがまた、泣いているので」


事実、俺は優の泣き顔には弱いとなんとなくだが感じている。
泣いていたら、泣き止ませたいと思うのだ。




しかしその反面、意地悪な言葉を放つのは
優が恥ずかしがったり焦ったりする反応を見たいという、ちょっとした加虐心もあってのことだった。



予想通り、優は顔を赤くさせてこちらを見ている。

女子高生にもなって、言外にでも泣き虫といわれれば、恥ずかしくもなるだろうな。


別の意味合いで、潤んだ瞳に少しの笑みがこぼれる。



「僕は、自分が思っている以上に貴方の泣き顔に弱いようだ。」


本当は泣き顔だけでなく、笑った顔や照れた顔もそれに含まれつつあり
もはや優という存在そのものに俺は弱い、とも言えるがな。





「え・・・?」


俺の言葉の意味彼女には全くといっていいほど伝わっていないだろう。


沖矢の妹と、自身が重なるから、などと優は思っていそうだ。
真澄と優では重ねようがないのが俺の答えだけどな。


ーーーーーーーーーーーーーー

分かれて辺りを探して幾分か時がたった。

この辺りになかったら諦めるか、などと傾き始めた太陽を見て考えていると
聞いていた特徴に一致するストラップを見つけた。

おそらく優のだろうな、とそれを拾い上げる。




地面に落ちたせいで少し汚れてしまっているが、常日ごろ持ち歩く携帯に付けていたにしては傷も少ない。
優がとても大事にしていたことが窺えた。


ストラップに触れて分かったことはもう一つ、


「除電素材か、」



有機導電性繊維は、体内の電気を放出を手助けするものであり、
その素材を使った除電効果のあるモノがまさにこの手のひらのストラップなのだ。


兄からの贈り物、か・・・。

おそらく妹の体質を知り、少しでも軽減させようという思い故だろうな。


「妹も妹なら、兄も兄だな」





おそらく、この泣き虫に体質の事を伝えるのを憚られ回りくどいやり方にしたのだろうが
兄も妹がとんでもなく可愛くて仕方ないことだけは、このストラップで把握できた。



兄としてはその気持ちが分からなくもないが、
互いに大事に思いあって、大好きだろう兄からのストラップを必死に探す優の様子が俺にはなんだか面白くなかった。



早々にやめさせようと決め、声をかける。


「優さん、このストラップで間違いありませんか?」




彼女が駆け寄って俺を瞳に写す。

見つけた場所を伝えて、最後に見つかってよかったですね、と言葉を添えると
恥ずかしがりやな彼女は意外にも俺の手をストラップごと包み、花のような笑顔を見せた。



「はい!沖矢さんのおかげです、本当にありがとうございます!!」


その笑顔だ。


じわりと彼女のぬくもりが指先から伝わるように、心もその笑顔が浸透してゆく感覚になる。





今の優の頭の中には兄ではなく、俺がいるんだろうな、と
子どもじみたことを考えたら余計に気分が良くなった。






たいしたことはしていない、という俺の言葉にくい気味で否定をする優はさらに力を込めて俺の手を握り締めた。



細い腕や指先、
男とはちがう柔らかな女特有の感覚に、いまさら戸惑うほど子どもでもないが


こちらを見る綺麗な瞳にどうにも、いけない気分になってしまう・・・





「優さん、ちょっと痛いです・・・」



「へ?・・・あっ!ご、ごめんなさいっ!」




離してもらおうと出まかせを言うと、優は漸く自身が大胆な事をしている自覚をしたようだった。



夢中になって自分に感謝の意を伝えてきた優の素直さも、みるみる赤く染まっていく顔も、
可愛らしくてそろそろ湧き上がる笑いを堪えるのが難しくなってきた





「くすくす、」








俺が笑うとむっとした表情をするのだから、面白い。

そして俺の「照れるくらいなら最初から触れなきゃいいものを」という言葉に




「見つけてくれたのが沖矢さんだったから・・・」
そう返してきた。


俺が見つけたのが嬉しい、とはなかなかの口説き文句だな。


自覚がないのがまた、良い・・・。
この少女の純粋さはどこか病みつきになる甘い蜜のようだった。






しかし、こうも無防備な妹だと・・・兄は心配だろう。

会ったこともない優の兄の苦労を想像してしまい言葉は零れる


「・・・やれやれ、」










目の前の無自覚な妹に
過保護な優の兄に
ただの女子高生に振りまわされつつある自身に


その言葉はいろんな意味を含んでいたのだった。






何はともあれ、かかわりを持ってしまったのだから仕方ないだろう。
今更距離を置くのも不自然で、心の奥底でそれを拒否する自分にも、もう気がついている。


いっそのことすがすがしく開き直って仲良くなってしまおう、なんて思いながらちょうど良い位置にある彼女の頭を撫でる。


まだ、この想いに名前をつける気はない

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