妹が目撃されていました。







私はあるものを持って、工藤邸の沖矢さんを訪ねた。


此処に来るのにそんなに回数を重ねたわけではないのに、
人の家にお邪魔する緊張感より、不思議なドキドキが胸中に広がっていた。


「これなんですけど・・・」


そう言って紙袋から取り出したのは、酒瓶。
新聞の記事のような特徴的なラベルで、中では琥珀色の液体がゆれている。



未成年の私は勿論お酒の知識は無くて、よくわからないけれどウイスキーらしい。
沖矢さんはこのお酒を知っているらしく私から瓶を受け取ってまじまじと見ていた。


「≪KNOB CREEK≫ノブ クリーク、」

日本じゃなかなか手に入りづらいものじゃないですか、


「知り合いに頂いたそうなんですけど、お母さんウイスキーはちょっと飲めないみたいで・・・」


詳しいなぁ・・・。

飲むとは聞いていたけど、一目見て貴重かどうかも分かるなんて相当すきなのかな、なんて思いつつ事情を沖矢さんに話す。




「それで僕に?」

持っていた酒瓶をテーブルにこん、と置いて酒瓶に向けていた視線を私にずらした。

交わった視線に私は頷く。


「はい。沖矢さんに飲んで頂いたら、このお酒も無駄にならないかなって・・・」

ウイスキー飲むってコナン君に聞いて、と付け足す。


最初は阿笠博士に譲ろうと思っていたけれど、
途中であった子どもたち・・・特に哀ちゃんに博士にお酒を飲ませちゃ駄目と言われてしまって急遽予定を変更したという経緯があった。



「なるほど。でも、」

沖矢さんは、事情を把握しつつも躊躇うような表情を浮かべた。



「遠慮なら、しないでください。」

私からしたらただの酒瓶だけれど、価値の分かる沖矢さんからすればただで貰うことに少し抵抗があるのかもしれない。

そう思ってすかさず私は言葉を発した。続けて、

「この前、探し物を手伝ってもらっちゃって、迷惑もかけましたし・・・」

お礼もかねてます、という風にあえて言った。



「そうですか。なら、ありがたく頂きますね」


沖矢さんは躊躇いの表情を消して、笑顔を浮かべてくれた。やっぱり、優しい。

私が探し物を手伝ってもらったことをいつまでも気にしないように、
すんなり引き下がってくれたことがなんとなく分かったから・・・。




けれど、私は今日の沖矢さんの態度に少し違和感を感じていた
・・・気のせいかな、もう少し様子を見よう、






立ち上がって、棚に仕舞う沖矢さんの背中を目で追いながら、お酒について聞いてみる。


「そのノブ クリークって、どんなお酒なんですか・・・?」


「これはアメリカンウイスキーに分類されるもので、フルーティーでリッチなコクがある味わいと言われてます。」


そもそもお酒を飲んだことのない私には想像つかなかった


「それって、美味しいんですか・・・?」


「僕は結構好きですが、100プルーフ・・・つまりアルコール度数が50度で強いですし、初心者は向けではないでしょうね」


沖矢さんは、新しいコーヒーをもって再び椅子に腰掛け、向かい合う形になった


「ご、50度・・・」


たまにお母さんが缶ビールを飲んでるけど、たしかアルコールは6%だった気がする・・・。
ウイスキーがあらためて私とは程遠いものだなと思うのと同時に、そんなものを飲んでる沖矢さんって、と少し驚いた。





「まぁ、未成年の貴方にはまだ早い話ですね」


そういってコーヒーを飲む沖矢さんはとても様になっていてかっこよかった。




「・・・・、」

私はそのとき感じていた違和感に気付いた。
だけどその理由は分からなかった。




「どうしました?」


「あの、・・・沖矢さん、なにか怒ってますか?」


急に黙り込んだ私に声をかけてきた沖矢さんはいつもと同じように見える。
それでも違和感は会話をしていて私の中でそれは確信に近づいてた


なんといって問えばいいか分からなくて、言葉に詰まりながら顔を窺いながら恐る恐る聞いてみた。




「怒る?僕が?」

別にそんな事はありませんが、

目を丸くしてきょとんとした表情で私の言葉を否定した沖矢さん。ホントに怒ってないみたい




「でも、」



それなら、どうして・・・という思いが強くなるけれど
言葉が続かない。

もしかしたら言いたくないことかもしれないし。




すると沖矢さんが、言ってください、と言葉を発した。その言葉に少し迷ってからだけど口にした







「さっきから・・・私の名前、呼んでくれない・・・」


一番想像できるのは、私のことが嫌いになったから、という理由。
でも、沖矢さんにそう言われる事がなんだかとても怖くて、


視線を逸らして私は俯いた。




沈黙が肯定を意味しているようで苦しかった。かといって拒絶の言葉を改めて口にされるのも嫌だった。

コーヒーのやわらかな香りが、慰めのように思えて私はぎゅっと目を閉じその匂いを感じていた。








「昨日、見かけたんです優さんを」



「え・・・?」


沈黙を破ったのは沖矢さんの意外な言葉だった。文脈のない言葉に思わず顔を上げて沖矢さんの真意を探る。



「江古田駅の通りを歩いているのを見かけました。とても仲よさそうに」



「昨日はビュッフェを食べにいって、」

言葉を聞きながら、昨日の事を思い出す。


その帰りのことを沖矢さんは言ってるんだと思う。沖矢さんも出かけてたのかな。でも、なんでこの話?
困惑しながら沖矢さんの言葉を待った。



「彼氏が居るとは存じませんでした。・・・僕が優さんの名前をあまり馴れ馴れしく呼ぶのは良くないかと思いまして、」

控えるようにしてました、



沖矢さんの言葉で漸くその意図が分かった


慌てて首を大きく振って



「ちがっ、違いますっ!!彼氏なんかじゃっ、!!」

私にしては珍しく声を荒げた気がする。




沖矢さんに兄とのじゃれあいを勘違いされたことや、
嫌われたと思ってたけれどそうじゃなかった安心や、
いろんなものが混ざって顔は熱くなるし、なんだか涙が出てきた。




「おや、まだ片想いだったんですか?」


「だ、だから、ちがくてっ!!」


零れた涙をとめる余裕もないまま首を再度振る
私が上手く説明できないせいで沖矢さんの勘違いがどんどん進んでいく



「泣き虫さんですね」


そんな私にいつものように頭を撫でてくれる沖矢さん。
柔らかい感触と、大きな手のひらの安心感が、悔しいけど好きだと感じる。



「沖矢さんのいじわるっ・・・」

「すみません、今日はちょっといじめたい気分で」

ははは、と笑う沖矢さんが少し恨めしい。



片想いなんて勘違いはわざとで、それを慌てて否定する私で遊んだことはもう言わなくても分かった。
沖矢さんって優しそうな顔してるのに、結構いじめっ子タイプだなぁと改めて思うのだった。





「優さん、落ち着きました?」


「はい。ご迷惑お掛けしました・・・」



ずっと撫でていてくれた沖矢さんに、一言謝罪する。

また泣いてしまったな、と思ったら目を合わせづらくなって視線を泳がせる
でも、名前を呼んでくれてることは素直に嬉しかった



「いいえ、もう慣れましたから」

さらっと言われた沖矢さんの言葉に私はむっ、とするけど間違った事いってないから反論できない・・・。


沖矢さんは少し笑ってから、何もなかったかのように話を戻した。


「それで、昨日の彼は優さんのお友達なんですか?片想いの?」


違うと分かっててそう言う沖矢さんの意地悪についムキになってテーブルに手を突いて前のめりになる


「彼氏でもなければ、片想いもしてませんっ!!・・・・お兄ちゃんです!」









「・・・・・それはまた、随分仲良しですね」


ちょっと長い沈黙が気になったけど、きっと兄妹に見えないって思ってるんだろうなと予測する。

私とお兄ちゃんにはあれぐらいが普通なんだけどなぁ。


「よく言われます。ただじゃれてるだけで何も無いんですけどね、」

そういって苦笑いを沖矢さんに向ける




「・・・そうですか、良かった」




「え、?」



私が思わず沖矢さんの最後の言葉を聞き返したちょうどその時、玄関のベルが鳴った。
沖矢さんはすばやく立ち上がって、私の頭を一撫でしてから部屋を出て行ってしまった



どういう意味で言ったのかな?
一緒に居たのがお兄ちゃんで良かった、ってこと・・・?


でもそれって、


いやまさか。ないない。
名前を遠慮なく呼べることに対してかな・・・?

私がいくら考えても答えは出なかった。
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