妹が勉強します。







「えっと、Χに代入して・・・」

シャーペンを滑らせて問題を解いていく。

やっぱりいつもよりすらすら解けて捗ってる気がする。





「できたっ!」

最後の問題を解いて顔を上げる。
私は窺うように先生、もとい沖矢さんを見る。




「どれどれ・・・」

となりで座って読書をしていた沖矢さんが答えを確認してくれる。





もうすぐ定期テストがやってくるから勉強していたけれど、どうにも数学が苦手だった。
そんなとき不思議と頭に浮かんだのが沖矢さん。

東都大の院生だし、工学部なら数学には強いだろうから・・・教えてもらえないかな、なんて。





「はい、よく出来ました」

そういって恒例になりつつある、沖矢さんの手の感触を頭に感じて嬉しくなる。



沖矢さんのおかげで、ずっと強敵だと思ってた数学が嘘のように簡単。
答えが自信持って出せるから、ほんの少し、ほんの少しだけど数学の面白さが分かった気がする。



「少し休憩しましょう」


「やった!」


沖矢さんの言葉で私は一気に解放された気分になる。

一段落終えた後の休憩はうれしい。
ずっと座っていて固まってしまった体を伸ばし、天井を仰ぐ。

ふと目に入った時計で勉強を始めてからもう三時間近く経ってたことに漸く気付いた。





「おやおや・・・急に元気になりましたね、」


おどけた口調で私をからかってくる沖矢さん。
いつもはある程度問題解いたら休憩だったから、こんなに長時間続けて机向かったことなかったもん

ちょっと休憩を、と目配せしても知らん顔で次の問題へ進む沖矢さんがさっきまでは恨めしかった。




「だ、だって、沖矢さん意外にスパルタだったんで・・・」


「優さんの呑み込みが早いからですよ。教え甲斐があったのでつい、」


それじゃあ、コーヒー入れてきますね、



くすくす笑いつつ、そんな言葉を残して部屋を出る背中を見送った。



教え甲斐、そう言われて思い出すのは解き方のコツを教わったとき。



耳元近くで発される落ち着いた声、

私が座っている椅子の背に付いている手、

節だった、鉛筆を動かすもう片方の手。






視界を埋め尽くすのは沖矢さん。










教えやすいから、と隣に座ってくれたけど・・・おかげで中々集中できなかった。こんなに距離が近いなんて。
沖矢さんが左利きだったから、私のノートに何か書くときが特に近かった。


書きづらいかと思って私が席を交換しようかと聞いたけれど、そうすると肘が当たって書きづらいからって言われちゃった



沖矢さんにとって今のほうが利便性が高いだけ、そう自分に言い聞かせて気を逸らしたけど・・・。


休憩してる今、またさっきの記憶がぶり返してきちゃった




こんなに沖矢さんのことを変に意識しだしたのはきっと青子ちゃんのせいだ。
青子ちゃんがおかしな事言うから・・・。






「はい、どうぞ」


「へっ!?」


目の前にコーヒーが置かれて、いつのまにか沖矢さんが戻ってきていることに驚いた。
驚いて変な声出しちゃったのが、ちょっと恥ずかしい・・・。




「何をそんなに考え込んでるんです?」


気付いてもらえないとは悲しいです、そう言いながら隣の席に腰かける沖矢さん。



変わらず笑顔のままなのに、私をからかう。
沖矢さんには私の反応が面白いみたいで、ちょくちょくこうした冗談を交えてくるようになった。


こーいうのを味を占めた、っていうのかな。






「え、いや、べつに何も・・・」



沖矢先生に勉強を教わってる間ずっとドキドキしてた、なんて。

なんか意識しちゃってるなんて、絶対言えない。




苦し紛れにも言い逃れようとしたけど、



「ほぉー、では次は難問を解いてもらいましょうか」



「い、意地悪!」



案の定、沖矢さんには敵わなかった。
苦手な数学の難問なんて出されても出来ない。そんな苦痛な時間は味わいたくないよ、



「素直に白状しないからですよ、」

言ってしまったほうが楽になりますよ?



なんて悪魔みたいな囁きまでする沖矢さん。

覗き込むようにして顔を見られて、目を逸らす。





どうしようか迷った末に、私は口を開いた



「・・・・勉強教えてもらうのに、一番最初に思い浮かべたのが沖矢さんだったんです」


このことは、今日工藤邸を尋ねる時に気付いて考えてた。
それまでは何も思わなかったけど、気付いたらそれが引っかかって。






さっきまで考え込んでた事とはホントは違う内容だけど、これも実際、来る途中に考え込んでたし、嘘じゃないよね。
こーいう時はポーカーフェイス、かな?



「僕、ですか?」



「はい。私、いつもならお兄ちゃんに聞いてたのに、不思議で・・・」

答えはわからないままですけど、とちょっと意外そうな顔をしている沖矢さんに言う。

確かにそう。これまでの私ならきっと、お兄ちゃんにお願いして、
お兄ちゃんがキッドのことで忙しいとか、お兄ちゃんにもよくわからない問題だとか、そういう場合に初めて沖矢さんを思い浮かべるはずなのに・・・。





「・・・そうですか。てっきりお兄さんの代打だと思っていたので嬉しいです、」


「代打だなんて、そんなっ!」


代打、という言葉を首を振って否定する。お兄ちゃんに似てる、とは思っても代わりだなんて一度も思ったことは無いから。

沖矢さんにそう思われることが、なんでかすごく嫌で、私は精一杯、否定した。




「一番最初に思い浮かべてくれるくらいには、僕も優さんと仲良くなれたみたいですね、」




本人が嬉しそう、っていったからかな・・・心なしか嬉しそうに見える。

またからかい口調なのはちょっと引っかかるけど、
それでも仲良くなれた、と感じてるのが私だけじゃないって知れて私自身も凄く嬉しい。




「はい。沖矢さんと出会えて、仲良くなれて嬉しいです!」


どうして沖矢さんだったか、感じるドキドキはどういう意味なのか、


わからないままだけど
今はそれより、この想いをきちんと伝えたいって思った。
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