大学院生が勉強を教えます。







勉強を教えてほしい、と優は工藤邸を訪れた。



ボウヤを除けば、もっともこの屋敷に訪れている人物といってもいいだろう。
俺と関わることは危険だが、沖矢である今は、ある程度の人間関係がある方が自然だろう。




巻き込みたくない気持ちもあるが、
彼女がこの工藤邸を訪れるのを心なしか待ち望んでいる俺も居る。

それは、約束していた時間を迎えるまでに何度か時計に視線を送っている俺自身の行動から認めざるを得ない。




これまでに、会えると思うと心が躍った相手が、居なかった訳じゃない。


しかし、その感覚は久しぶりで、非常に純真なものだと改めて気付かされた。





いざ勉強を始めてみれば、優は呑み込みが早く教え甲斐があった。
次から次へと流れる用に教えていっても、付いてこられるぐらいには理解力は高かった。

苦手意識が先行しているだけで、出来ないのではないことはすぐに分かった。




数学なんて考え方とコツだからな。優にはそれらを伝えるだけで充分のようだ。






しばらくすると優から視線が送られてくるようになり、その目が「休憩」を求めるものであることも分かってはいた。その請うような優の眼差しは、どうにも加虐心をくすぐる。

分かってやっていたら、とんだ小悪魔だろうな・・・と、思いつつ敢えてそ知らぬ顔をする。




ふと気付いたのは、俺と優の距離が近いこと。

教えにくいからと隣に座ったことや、彼女の背もたれに右手をついたことは、無意識だったが・・・。


優が勉強の序盤に落ち着きの無い様子を見せたのはその為か、と今頃になって理解した。
俺が鈍いのか、はたまた彼女が意識しているのか、


一概にどれとも言えないが、優が意識しているのはおそらく確かだ。



マジックを教えた一番最初の時が今と同様に近い距離だっただろうに、優は大して気に止めていなかった。
・・・まあ、優がマジックに集中していたせいかもしれないが、


それは勉強とて同じこと。





ならば、優が距離感を意識したが故に落ち着かなかったと考えるのが自然だろう。





「沖矢さん・・・?」

どうかしたんですか、



優の声に気付いてハッとする。




「いえ、何でもありません。では次は一通りこのページの問題を解いてみてください」


少し考え込みすぎたか。不安げにこちらを見ていた優を安心させるように笑い、彼女が持参した問題集を指で示す。
コツも教えたので今の優なら問題なく解けるだろう。




「は、はい・・・」

優は顔を引きつらせながらも、頷いてペンを構えた。



見るからに優に必要なのは、苦手なものを克服するメンタルの方だ。
問題を何度も解いて、正答率を上げて苦手を解消するほかないだろう。


俺は静かに、机に置いていた本を手に取る。
同じシャーロキアンであるボウヤの配慮でこの屋敷の本は自由に読むことが出来る。

俺の集めていた本は全て燃えたから有難いことこの上ない。




読み進めていくうちに、ふと記憶がぶり返す。




ほんのり色づいた頬と、慌てたような口調で、座席を交換しようかと提案する優の姿。







口角が上がりそうなのを力を入れて抑える。

優がこうして距離感に戸惑う様を嬉しいと感じている。一歩進んだような、そんな初々しさは見ていて面白い。





その対象が俺であるというのが、さらに。


優のことは妹のような存在だと思っているが、そろそろ言い訳めいてきたな・・・。





かといって自覚しようがしまいが、何も変わりはしない。
俺がどうこうする訳にはいかない。







沖矢昴など、
存在しないのだから。

沈んだ思考を、持っていた本のページをめくるとともにそっと蓋をした。
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