大学院生が勉強を教えます。2







休憩後も、優には問題を解かせ、自信をつけるよう仕向けた。



「お、終わったぁ・・・・」



俺にノートを差し出し机に、倒れこむように伏せる優。
シャーペンすらも適当にあしらっているところを見ると、少々ハードだったかと思う。


いづれ慣れるだろうが、今日は初日だから仕方ない。




苦笑いを浮かべつつも、受け取ったノートに赤ペンで丸つけをしていく。



「はい、お疲れ様。」

全問正解です、




ケアレスミスも無く上出来だ。
未だ顔を上げない優の頭をそっと撫でる。


彼女の髪の柔らかでさらさらとした感触は、癖になる。何かにつけてその髪に触れるようになってしまったのは、きっとそのせいだ。
ピクりと反応はしても顔を上げず、されるがままの優の様子に

いつぞやの「嬉しい、」という言葉を思い出した。



俺が髪に触れるのを好むように、優は頭を撫でられるのが好きなようだ。

ひと房掬いあげた優の髪で遊びながら、その主を眺める。




会話を必要としない、この静かで穏やかな雰囲気に浸っていた。
すると、
くるるるぅぅ〜、


どこからともなく聞こえた音。
・・・のちに沈黙。



「くっ、」


すぐさま口元に手を当てて笑いをかみ殺そうとするが、そうもいかない。
穏やかな雰囲気の中に突如として聞こえたものは、優の腹の音。

どうしてこうもタイミングよく鳴るのか。

勢いよく伏せていた顔をあげる優。



「〜っ、笑わないでっ!」




愛らしい音の主は、これでもかと言うほどに顔を赤く染めてこちらを睨んでいる。
否、羞恥心で泣きそうな顔というべきか・・・。


「・・・それは、くくっ、難しいなっ、」


「うぅ・・・。」


堪えられない俺の笑いが、優の恥ずかしさに拍車をかけているようだ。




「勉強で頭を使ったから、お腹がすいたんですね・・・っく、」



そろそろ優が本当に泣きそうだというのに、俺の口から出る言葉は彼女をからかうもの。
どうにも、居心地悪そうに縮こまっている小動物をつつきたくて仕方ない自分がいる。



「そんなことないもんっ!」


大きく真っ赤な顔を左右に振って否定を示すが、


きゅるるぅ、
・・・・・・彼女の体は素直だ。



「もうっ、!!」


タイミングを読んだような腹の音も、自分の腹に向かって怒る彼女も、


「くくっ、ははっ、」


再び肩を震わせるには十分だった。噛み殺すことさえ難しい声が、口から零れる。



「笑いすぎですよ、沖矢さん!!」


もう夕方なんですから、お腹がすいたって可笑しくないでしょう!?
そう言って、自身の腹の音を正当化する優。

ご機嫌が斜めになる前に、と俺は目の前の小動物の頭を撫でて宥める。



「すみません、くくっ、」


笑いがぶり返し勝手に緩む口角を引き締めるのに苦労したのはいつぶりか。



ぬるま湯につかるようだが、悪くない。
どこかむず痒い、そんな心地。



「それじゃあ・・・腹ペコなお嬢さん、ご一緒に夕飯いかがですか?」


不思議なことに、優と過ごすと心が軽くなる。




沈んみこんでいた体が浮上するような、
ついていた汚れが洗い流されるような、
失ったものを見つけたような、


・・・そんな感覚。


優と共に過ごすことは何も、特別なことなどでは無い。
しかし、それこそが、俺にとってはとてつもない特別だった。

夕方で日も落ちたというのに、俺の目にはどうにも、彼女が眩しく映った。
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