妹が料理します。








「カレーでいいですか?」

ちょうど食材がそろってるので、と言う沖矢さんの言葉に私は頷いて手伝います、と返す。





やっと顔の熱が治まって、沖矢さんも笑い終えたので、キッチンに二人で移動した。


散々笑われたのは、すっごく悔しいような、恥ずかしいような気持ちになったけど、

沖矢さんの笑った顔はなんだかいつもより可愛いな、なんて思っちゃった・・・。





いろんな意味でまた思い出すとまた顔が熱くなりそうだから、頭を振って邪念を吹き飛ばす


そして、沖矢さんにもさっきの事を少しでも早く忘れてもらおうと思って、私はさっそく話を振る。






「沖矢さんって料理するんですか?」


「最近するようになりました。これまでは適当にすませていて・・・」

だからまだレパートリーは少ないんです、


食材や鍋の用意にお互い手を動かしながら会話をする。



私には、沖矢さんは何でもできるようなすごい人に見えていたから、料理をしてなかったなんて意外に思えた。


「じゃあ、料理は私が先生ですねっ!」




数学の先生は沖矢さんだから、とそんなことを私が言うと


沖矢さんは動かしていた手を止めて私をまじまじと見てきた。





「おや、優さんは料理出来るんですか?不器用だと記憶してましたが、」



「で、できますよっ!!」


マジックが出来ない私の手先のことを言ってることはすぐに分かった。

私が沖矢さんが何でもできる人に見えるのとは逆に、きっと沖矢さんには私が不器用で何も出来ない子に見えてるのかな。



ちょっと悔しくって思わず大きな声を出しちゃった



今回のカレーだって、お兄ちゃんによくリクエストを受けて作った料理だし、自信あるもん。





「そうですか。では優先生、お手並み拝見させていただきますね」


「ま、任せてくださいっ」




握りこぶしを作って、私はやる気を沖矢さんに伝える。


まずは皮むきから。


いつも使ってる包丁じゃないけど、大丈夫。焦らずやれば大丈夫。




実際にじゃがいもを手にとって、右手に包丁を持つとなんだか緊張してきちゃった。

ちらりと沖矢さんをみると、沖矢さんの目線はじっと私の手元を見つめていて・・・。




「よしっ、」


気合を入れて、私は皮むきを始めた。





「ほー・・・、」

感心するような様子で、私の皮むきを見てくれている沖矢さん。


最初はどっちかというと怪我しないかな、って心配で見てたんだろうなぁ。

料理を始めた頃の私をみてたお兄ちゃんと同じ目だったから。




いつもはお母さんと、それか一人で台所に立つから、となりに男の人がいることがすごく新鮮で・・・

それが沖矢さんだから尚更緊張するけど、手はいつもどおりに動いてくれたから、良かった。



「どうですか?」



「さすが優先生ですね。御見逸れいたしました、」

綺麗に剥けたじゃがいもを見せ付けると、拍手の仕草をしながら褒めてくれた沖矢さん。


「えへへ、」

ちょっと誇らしくなって、ふわふわした気分になる。




私は二つ目のじゃがいもを剥こうと手を伸ばすと、

では僕も、と沖矢さんもじゃがいもを手に取った。







二人で一緒に料理かぁ、なんか新婚さんみたい・・・






ぼんやりと思ったけど、




「っ!!」

な、なんてこと考えてるの私!





カッと全身が熱くなった。



私、最近おかしい。

これじゃあ、青子ちゃんが言ったように沖矢さんの事を好きみたい。





し、新婚なんて・・・

こんな変なこと考えてたなんて絶対沖矢さんに知られたくない、


そう思って、顔を俯かせようとしたら






「・・・優さん?」



「ほわぁっ!!」


いつの間にか覗き込むようにこちらを見てる沖矢さんが目の前にいた。

びっくりして変な声を上げちゃって、



思わず手にも力が入っちゃった。





「あっ、」


握っていたじゃがいもを滑らせて、飛んでいった




じゃがいもがっ、





いや、それよりも・・・






「ご、ごめんなさいっ!!沖矢さんにじゃがいもっ、」


目の前にいたせいで、飛んでいったじゃがいもが沖矢さんの頬に直撃してしまった。



せっかく一個目は上手く向けたのに、二個目は沖矢さんにぶつけて床に落としちゃった。



落ちてしまったじゃがいもと、ぶつけてしまった沖矢さんと、どちらもどうしていいのか分からなくなって

私はただただ床と沖矢さんの顔に視線を行き来させて、手をわちゃわちゃさせていた。



沖矢さんはちょっと固まっていたけれど、すぐに元に戻って私に声をかけた。




「お、落ち着いてください優さん。とりあえず包丁を置いてください、」


「そうだった!」


握っていたことを忘れて、沖矢さんに近づくところだった・・・。

深呼吸をしながら、包丁をそっと置いて、沖矢さんを恐る恐る見上げる




「沖矢さん。ご、ごめんなさいっ。じゃがいも、」




ぶつけちゃって、と続けられなくて語尾は消えちゃったけど、


私の言うことが分かった沖矢さんは、私を宥めるようにそっと頭を撫でてくれた





「大丈夫ですよ。でもやっぱり優さんはおっちょこちょいですね、」


・・・まぁ、そもそも僕が優さんを驚かせてしまったようですが



くすくす笑っている沖矢さんに、やらかしてしまった恥ずかしさは募るけれど

私が気にしないようにフォローしてくれる様子に改めてかっこいいな、大人だな、なんて思う。








「さて、続きをしましょう優さん、」

落としたじゃがいも拾うためにしゃがんでいた私に手を伸ばして笑いかけてくれた沖矢さん。


大きくて温かい沖矢さんの手を借りて立ち上がる




「あ、沖矢さん。」







ふと、気がついて沖矢さんの顔に手を伸ばす

きっとじゃがいもをぶつけてしまった時に付いてしまったのか、皮の欠片が頬にあった。




届かなくて、沖矢さんの腕を支えに借りて背伸びして、近い距離にちょっと恥ずかしさを感じるけれど沖矢さんの頬に手を触れる。






「じゃがいもの皮が付いてたので・・・」

取れましたよ、





そういって離れようとしたら、









伸ばしてた右手はつかまれて、



ぐっと腰にも腕を回されて、もっと沖矢さんに近づいた。











わたし、抱きしめられてる・・・?






ふんわり香る、沖矢さんの匂い。



「えっ・・・」



急なことになんだかよくわからなくて、

近すぎて沖矢さんがどんな顔してるのかも見えなくて、




それでも、

息が止まるように、きゅうって、切なくなって




「あ、あのっ・・・」

沖矢さん、?














「っ、ありがとうございます、」
取っていただいて。


沖矢さんの声が耳元で聞こえて、思わず体が強張ったけど、


お礼をきっかけに掴んでいた手も、腰を引き寄せていた腕も解放してくれた。










その後、何事も無かったように、料理に戻る沖矢さん。


私はその背中に視線を送るけど、今の行動の意味を聞く勇気が出なかった。










なんだろう、


傍にいるのに、今までよりずっと近い距離だったのに、




















沖矢さんがすごく遠くに感じて、







どうしようもなく、寂しくなった
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