妹が会いに行きます。








此処に向かうまでのことは、正直あんまり覚えてない。
だって、もう、考えることがありすぎて、いっぱいいっぱいだった。




「会ってくれるかな、沖矢さん」


昨日の今日で、お互いに気まずく思って会ってくれないかもしれない、
そんな事に気付いて不安に駆られる。



家の前まで来て、今更何してるんだろう私。


お兄ちゃんの大丈夫の呪文を思い出しても、怖くてベルが押せない。


でも、
聞きたいことも、相談したいこともあって、このまま帰れない思いもあって

前に進めず、後ろに下がることも出来ずにいた。




「おや、優さん?」


後ろから声がした。



「ふえっ、お、沖矢さん!?」


「こんにちは、優さん」



驚いて振り返ると、スーパーの袋をもった沖矢さんが私のすぐ後ろに立っていた。
やだ、家の前でずっと考え込んでたのを見られたかな・・・。

とりあえず自然に話をふって平静を装ってみる


「こんにちは、どうしてここに?」


「どうしてって、僕はここに住んでますし・・・」




「あ、そ、そうですね、・・・あはは、」


沖矢さんの困った顔を見て、随分間抜けな質問をした自分に恥ずかしくなって目を泳がせる。
すると沖矢さんが鍵でドアを開けて、道を促すように私に譲った。


「さ、どうぞ。」


「え?」


一瞬なんだか分からなかったけれど、




「僕に何か用があっていらしたんでしょう?どうぞ、」


「は、はい」




沖矢さん、私を家に入れてくれるんだ、とほんの少し嬉しかった。




――――――――――――――――






テーブルに二つのコーヒー。
向かい合わせに座って、私が話を切り出す。



「えっと、その・・・」


「ゆっくりでいいですよ、」




とりあえず今日あった事から話そうと決めたけれど、告白されたなんて、どう言えばいいのか分からなくて。
昨日からの気まずさもあって言葉が詰まるけど、沖矢さんはいつも通り。

そんな様子が余計に私の胸にチクりとしたものを残す。





「これ、」

「ん?・・・なるほど、告白ですか」




下駄箱に入れられていたメモを沖矢さんに見せて、そして体育館裏での話を伝えた。


面と向かってこんな話をするのが恥ずかしくなって、
席を立って壁に近寄るようにして、とにかく沖矢さんに背を向けた。



「どうしていいか分からなくて、でもお兄ちゃんのクラスメートだからお兄ちゃんには相談しづらくて・・・」


友達に話すのもなんだか恥ずかしいし。沖矢さんならアドバイスくれるかと思って、と私は言葉を続けた。





これは本当。今日沖矢さんに会いにこれたのは、今回の件が背中を押してくれたのが大きかった。
直前で怖気づいてベルを鳴らせなかったけど。




「優さんはどうしたいんです?お付き合いをしたいんですか?」


「いいえっ!お断りしようとしたんですが、上手く言えなくて」



背を向けていて話していたけど、沖矢さんの言葉に思わず振り返って否定する。

椅子に座ったままの沖矢さんは、



「・・・答えがNOだというのなら、君はその場でハッキリと断るべきだったと僕は思いますよ?」

言葉が濁れば、相手は可能性があると期待してしまいますから。と、どこか冷たい視線で言った。


慰めてほしかった訳じゃないけれど、こうも責めるように言われるとも思ってなかった。





「でも、ハッキリ言ったら相手を傷つけてしまいます・・・」

戸惑いながら、私なりの意見を口にするけれど


「きちんとした言葉にして断らないと。あいまいな言葉じゃ伝わらないことなんて山ほどあります。特に人の思いなんてものは。」

沖矢さんにはばっさり切られてしまった。



沖矢さんの言いたいことも分かる。きちんと断る意思を伝えなければいけないことも。


「でも・・・」



それでも、いろんな人がいるなかで私を好きになってくれたことや、

そんな思いを伝えようとしてくれたことを嬉しいって感じたり、
そんな人を傷つけたくないって思うことはイケないことなのかな、って私は納得が出来なかった



意見が分かれて、気まずい雰囲気が辺りに漂う。
そんな空気が昨日の事を思い出して、どうにも居た堪れない気持ちになって私は俯いた


静かな部屋で、沖矢さんのため息。しばらくして動く音がする。

いつまでもハッキリ出来ない私に呆れて、部屋を後にでもするのかな。


そう思った瞬間、沖矢さんが目の前に居て、いきなり壁に体を押し付ける様に迫られた。



「ひゃっ、」


驚いて声がでた。
何が起きたのか分からなくて、俯いていた顔を上げると沖矢さんが視界に入る。


どうしていきなりこんな状況に?
それがまた昨日の出来事と重なって、さらに混乱する。




「お、沖矢さん?」


窺うように名前を呼ぶけど、応えてはくれない。



「・・・優、」



静かに口を開いたと思ったら沖矢さんから名前を呼ばれる。
私の体が沸騰するように熱を持ったのが分かった




「あの待って、・・・やっ、」


近づいてくる顔に、体は強張って。



右腕は捕まれて壁に押し付けられているからどうにもできなくて。
片腕で沖矢さんの胸元を押そうが意味を成さなかった。


首を動かして、どうにか顔を逸らす。

けれど、顎に添えられた沖矢さんの手によって前を向かされる。


怖い。



いつもの優しい沖矢さんとは違う、一面がどうしようもなく怖い。
ぎゅっと目を瞑って、目の前の世界を移さないようにした。


最後の私の抵抗だった。



「なぁなぁにしてしまったら、こういう状況に陥る危険性があるんですよ?」

女性の力ではどうにも出来ないのがわかったでしょう?


想像していたようなことは起きなくて、
すぐ近くまで迫っていた沖矢さんもいつの間にか離れていた。



「・・・っ、」


何もされていない。何も起きてない。
私にハッキリ言わなかったらこうなるんだよって、教えてくれただけ。


でも昨日のことに加えて、
今の出来事は私にっとって体を引き裂いたような痛みだった。


解かれて自由になった右手で自分の胸をぎゅっと掴む。潰れてしまっていないか、手で探ってた。



「こんなやり方をしてしまってすみません、」
少々強引でした、


私の様子を見て、さっきのような鋭い口調でじゃなくて
ゆっくりと丸みのある声で言ってくれた。



「いえ・・・。きちんと言葉にしなきゃ、っていうことが分かったので」


「そうですか、」


胸は痛むけど、それでも確かに分かったの。

告白のことも、昨日のことも、結局言葉にしないでウジウジしてる私が悪いんだって。






私は自然と俯いていた顔をもう一度上げて、今度はしっかり沖矢さんを見て言った。




「だから、教えてくれませんか?」



「はい?」





「言葉にしないと伝わらないって言うなら、沖矢さんの気持ち。」



どんな事言われるかな、それは今も怖くてたまらないけど。
それでも、勝手に想像してうじうじ悩んだりする方がダメなんだって。

言葉にしなきゃ何も始まらないんだって、沖矢さん本人に教えてもらったから。



「・・・、」


「昨日、私を急に抱きしめたのはどうしてですか?あんなに悲しそうだったのは何故ですか?」





「それは、」

沖矢さんが急に話を変えた私に戸惑ってるのが分かったけど、
ずっとせき止められてた言葉は、一度口から出たら止まらなかった。


「別れ際に、頭を撫でた時だって、どこか申し訳なさそうな、そんな感じがありました」


次々と、口から零れて。
言葉だけじゃなくて、視界も滲んで、涙も零れた。


苦しいくて、分からないことが辛くて、もやもやして、聞こうにも怖くて、
そんな想いが全部全部、今外に出て行く感覚がした。



「私も・・・私も言葉がほしいです!沖矢さんの言葉が、ほしいです」


数歩分の距離を空けていた沖矢さんに、今度は私が詰め寄った。
昨日出来てしまった距離を埋めるように、今一歩ずつ踏みしめて、


私なりに、私の言葉で、沖矢さんに伝える。


「知りたいんです、あなたの気持ちが!」


その言葉と共に、私は沖矢さんの手をとった。
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