大学院生が文化祭に行きます。
にぎやかな空間
行きかう人々
文化祭とは、ここまで人がくるものなのか。
己の学生時代を振り返りつつ、歩を進める。
目的は優のクラスの喫茶店。
パンフレットから場所も分かっているのというのに、人だかりのせいでなかなか進むことができない。
沖矢の見た目もさらに原因の一つのようだった。
周囲、とくに女生徒からの視線を集めているらしく、時には声もかけられ、時間をとられる。
ボウヤたちでも連れて来るべきだったか
子ども連れとなると声もかけづらいからな。
一人で来たことを少しだけ後悔しながら、
それでも、なんだかんだ優の喫茶店を楽しみにして目指している自分に気がついている。
「ここか、」
1−Aという文字が見えて心なしかホッとしたのも束の間、足元のものを視界に入れる。
―いろんな世界を味わえる―”夢喫茶”
文化祭ならではの店だな。
普段見かけたなら胡散臭くて決して入らないだろう看板。
「おき、あ、えっと・・・昴さん!」
後ろから聞き慣れた声が耳に入り、
「優さ、ん、」
こんにちは、といつものように挨拶をしようとして言葉が途切れた。
確かに聞き慣れたはずの声なのに、目の前には金髪の少女。
「優さん・・・ですよね、?」
「はい!・・・昴さん?」
挨拶も忘れ、まじまじと見つめる俺に首をかしげる彼女。
俺との身長差から自然と見上げることになる優の瞳がキラキラとこちらを写していた。
そうした愛らしい仕草や声からして優であるのは間違いはない
しかし格好や別人に見える髪と化粧には驚いた。
「その格好は、」
優は金髪のウィッグをつけて、さらに赤色のずきんを被り、
同色のふんわりとしたスカートを身に纏って、さらには腕にバスケットをもっている。
「えっと・・・あ、赤ずきんです、」
言われとおり、目の前には赤ずきん。
俺に聞かれて思い出したように頬を染めていて、そのいつもの反応に何処かホッとする。
「優さん、お菓子作り担当だったのでは?」
俺は素朴な疑問をとりあえず彼女に振ってみる。
「それが・・・ホール担当の子が体調不良でお休みしてしまって、空いたホール担当の穴埋めで私が・・・」
嫌だったんですけど、眉を下げてそういった優に続きを促す。
「けど?」
「急遽代わりをたてるのにも衣装が着れる同じ体格じゃないとって、」
事情を聞けば、納得。優しく押しに弱い優が断れなかったことありありと想像できた。
嫌だった、と言いつつも仮装していることを忘れる程に仕事をこなしているようで。
苦笑いしつつ一声かける。
「なるほど。それはまぁ・・・お疲れ様です、」
乗り気じゃない優には悪いが、俺としてはいいものが見れた気分だ。
イベントでもなければ、普段とは違う姿などなかなか見られないのだから。
俺の言葉に苦笑いを返した後優が気づいたように、立ち話しちゃってすみません、
「ご案内しますね、」
と続けた。
優についていくと、入り口から一番奥で部屋の角のテーブルへと案内された。
校舎の入り口や廊下がざわついていたのが嘘のように、
教室、いや店内は緩やかなジャズのBGMとウッドハウスを思わせる装飾で落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
俺の席は入り口から奥に位置していることもあり、特に静かに感じられた。
此処に来るまでのお祭騒ぎのような雰囲気に少々疲労感が募っていた故に、優のさり気ない気遣いがありがたかった。
看板の感じから一体どんな店だと構えたが、仮装した店員をみていろんな世界を味わえる、といった所だろう。
店員はピーターパンやアリスといった童話の登場人物を中心とした仮装をしているようだった。
落ち着いた店ながらに、学生の可愛らしく突飛な発想が詰まっている店だな。
「ケーキは3種類です、お飲み物はどうされますか?」
「優さんが一番おすすめするケーキと、コーヒーをお願いします」
「わかりました!」
少々お待ちください、
最近は大分砕けて接してくれるようになったために、優の改まった接客はどこかむず痒さを感じなくもない。
離れて行く優の後姿を改めて視界に入れた。
あまり日焼けしていない優の白い肌にはハッキリとした赤が一層鮮やかに存在感を放ち、よく似合っていた。
赤、か。
優が此れまで以上に魅力的に見えるのは、俺が好む赤を身に纏っているからかもな。
答えの出そうにない事をぼんやり頭で考えながら、周囲を観察する。
すると落ち着きのある店に馴染まないざわめきに視線が行き、
外部から店を覗く男子生徒たちが目に入った。
「どれだよ、」
「あっれー?さっき居たんだけど・・・」
何かお目当てのものがあるようだが・・・、
ふと嫌な予感がして、客からは見えないカーテン奥を見る。
タイミングよく、そこから赤いずきんの優が姿を現した直後、例の男子生徒たちがざわめいた。
「いた!あの子!!赤ずきん!」
「うわっ、マジだ!」
「すげーハイレべじゃん。てか、あんな子いたっけ?」
・・・やはりな。
大人しい性格から目立たなかった優の良さに、今回を機に注目するのは分からなくもない。
身に纏う衣装によって愛らしさは増して、化粧が素材そのものの良さを語っているのだから。
優の良さに前々から気づいていた俺からすれば面白くない。
好奇の目に晒されている優を今すぐ此処から連れ出してしまいたくなる。
誰の目にも触れず、気づかせず、俺だけが優の良さを知っていればいい
赤を纏う優を良いと思う己と、
そもそもそんな格好をしていなければ、と言いたくなる己の矛盾にも都合よく目を逸らす。
大人げない独占欲が溢れ出て、眉間に皺が寄る。
とりあえず、虫除けだな。
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