妹が文化祭当日を迎えます。








「黒羽さーん、案内お願い!」


「は、はいっ」

こちらです、なんていいながら零れそうになるため息を押さえ込んだ。




メニュー考案と当日のお菓子作りの担当になったはずなのに、私は赤ずきんの格好で接客をしてる。
受けた注文を伝えにお菓子作り担当の美香ちゃんの所に行く。


「み、美香ちゃーん・・・、」


「優、せっかく可愛い格好してるんだから笑顔!!笑顔!」


駆け寄って縋り付く私に苦笑いする美香ちゃん。
小学校から一緒の美香ちゃんは私の性格を知ってるから、励ましてくれる



「だってぇ・・・」

急遽ホールに入ることになった焦りで上手く笑えないよ・・・。

それに私がホールに入ったから、美香ちゃんと一緒に文化祭を楽しむ予定が水の泡になっちゃったから
それも含めて今は楽しい気分とは言えないや。





「私は嬉しいよ?作った衣装を優に活かしてもらえて!」

無駄になっちゃうところだったからさー、



「美香ちゃんっ・・・」

喜んでもらえて私も嬉しいけど。

だけど。



「それとホールの仕事は別問題だよ・・・。」

メニューを把握して、テーブルの番号を把握して。急遽当日に覚えることがいっぱいだもん。
重い気分は晴れなくて、項垂れながら呟く。



「まぁまぁ、他の子もフォローに入ってるんだから!接客だからってそんな肩に力入れなくて良いんだって」

あくまでも文化祭なんだからっ!


「・・・うん、」

そう言って美香ちゃんに優しく肩を叩かれて、私は頷く

美香ちゃんのハキハキした明るさがこういうときは一層羨ましくて仕方ない。
ずっと一緒だけど、美香ちゃんは私と違って積極性があって、明るくて、大人っぽくて、よく周りに頼られてる。

私とはまるで違う、憧れの女の子。




「優なら大丈夫だって!」

それじゃあこれ、よろしくー!



なんだかんだ美香ちゃんとずっと一緒にいるのは、きっと全然違う性格故なのかもしれない。
ネガティブな性格の私をいつも前向きにさせてくれる、私の大事な親友なんだ。


ほんの少し気持ちが軽くなった私は、手渡されたケーキの乗ったトレーを持ってテーブルに向かった。






「ねぇ、ちょっと!!あれっ!!」


「えーイケメンじゃんっ!!」



ようやくホールに慣れ始めたら、同じホールの女の子たちが集まって盛り上がっていた



「どうしたの・・・?」


「黒羽さん、あれ、あの人!」



私も皆を倣って廊下に視線をやって、思わず声を漏らした


白のタートルネックセーターに、黒のパンツ
シンプルで落ち着いた格好を違和感なく着こなしている、その人。





「・・・あ、」

沖矢さん、





クラスメートが指差した先には見知った人がいた。



「えっ!?黒羽さんの知り合いなのっ?」


「まじか!カレシ?」



私の言葉を聞いて詰め寄ってくるクラスメートを笑顔で誤魔化して、沖矢さんのもとへ駆け寄った

約束はしていたけれど、それでも本当に来てくれたことが嬉しくて
いつもより頬がゆるんでるって自分でも分かる。



「おき、あ、えっと・・・昴さん!」


クラスの立看板を見つめてるその人に声を掛ける



そうだった、昴さんって呼ぶんだった。まだ慣れないな・・・。
少し気恥ずかしいけど、いつかそう呼ぶことが当たり前になるのかな

そうなったらいいな。





「優さん・・・ですよね、」


まじまじと私をみる昴さんにどうしたんだろう、と首を傾げたけど
その格好は、ていう昴さんの言葉で私が今は赤ずきんの格好をしてることを思い出した。


時間が経つうちにいつの間にかこの格好のこと忘れた・・・。
美香ちゃんに泣きつくぐらいには抵抗あったはずなのに。



「えっと・・・あ、赤ずきんです、」


今、赤ずきんの格好で昴さんの目の前にいるんだって気づいて、
衣装に袖を通したときよりもずっと、ずっと、恥ずかしさが増した



未だに感じる昴さんの視線からさりげなく顔を逸らして逃げる
とりあえず赤ずきんの格好をしてホール担当に変更になった経緯を話した後、昴さんを店内に案内する


クラスの女の子たちの視線が痛いくらい昴さんに集まってるけど、当の本人は涼しい顔をして席に腰掛けてる
昴さんほどのかっこいい人だとこれが普通なのかな?




そう考えたら、急に昴さんが違う世界にいるような気がして胸がざわめいた





「ケーキは3種類です、お飲み物はどうされますか?」


そんな感覚をいまは仕舞い込んでメニューを見せながら注文を確認すると、



「優さんが一番おすすめするケーキと、コーヒーをお願いします」


優しい笑顔で昴さんが答えてくれた。




その笑顔をみて、また私の胸にざわめきがぶり返す
昴さんがそうやって優しく笑いかけてくれるのが私だけだったら嬉しいのに、なんて。


どうしたんだろう。今までこんな事なかったのに。緊張のせいなのかな。


少々お待ちください、
そう言ってなんとか普段どおりを取り繕って、注文を伝えに奥へと早足で戻る。




途中、チラリと振り返って昴さんを見るけれど、どこか違う場所を見ている昴さんと視線が合うことはなくて。



胸がさっきよりも、ぎゅっと苦しくなった






「美香ちゃん、コーヒーと」

ケーキ、って言葉が遮られて美香ちゃんが詰め寄ってきた。



「ちょっと、ちょっと!!優、あのお客さんと知り合いなの!?」


「うん、」

前に話した沖矢昴さんだよ、



勢いに押されて少し後ずさりそうになりながら言葉を返す。
美香ちゃんもクラスの女子たちも昴さんに注目してるなぁ。



「あぁ!なるほど、例の院生か」


肯定で頷いたけれど、それ以降口を開かなかった私を見て美香ちゃんがそっと顔を覗いてきた。



「・・・なんかあった?」


「昴さん、すごく注目されてるから・・・なんだか遠い人に感じちゃって。寂しいような、もやもやするような、」

なんか変な感じがするの。


美香ちゃんなら、この感覚がわかるかもしれないと思って聞いてみた




「・・・それって、」

でも美香ちゃんは言いかけて、口を閉じちゃった。



「なぁに?」

よくわからなくて私は聞き返すけど
なんでもない、とそう言って美香ちゃんその先を教えてくれなかった。


そして今度は

「ね、文化祭さ、あの人と回りなよ!」


唐突な提案に目が点になる。


「え・・・?」


「そもそも、文化祭に誘ったなら一緒に回るもんじゃないの?」


代打でホールに入るまでは、美香ちゃんと回る気だった私に呆れてるみたいだった。
もちろん、文化祭に来るように誘っておいて一緒に回らないのは変だけど・・・




「でも昴さんこういう人の多いところ好きじゃなさそうだから、」



連れまわすのは迷惑だよ。ケーキ食べに来てくれただけでも有難いのに。
もともと私のお願いで来てもらってるから、さらに我がままを言うのは気が引けて。



そういった私の頬を美香ちゃんは両手で包んで、ぐっと距離を詰めて、私の目を覗き込んだ。
すぐ近くにある美香ちゃんの綺麗な眉は釣りあがってて、怒ってる事がよくわかった。




「もう優は遠慮しすぎ!!ケーキ食べにわざわざ文化祭まで来てくれるんだから、それだけ優のこと気にかけてくれてるんだよ!」

自分のこと卑下しすぎちゃ駄目!



「そう、かな・・・」


強い言葉で美香ちゃんに言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議。


昴さんが私のこと気にかけてくれてるなら・・・嬉しいな。





「ほら、これ!」

いつのまにかコーヒーとケーキをのせたトレーを用意してくれていて、手渡された。



「そのまま休憩入っちゃって良いから、二人で楽しんでおいで!」


えっ?と急な展開に私がわちゃわちゃしてると
美香ちゃんに、いいから、いいから、って言われながら背中を押されて追いやられちゃった。






「お待たせしました、」

ケーキとコーヒーを昴さんの前に置く。



「ありがとうございます。ところで優さん、今日の予定は・・・?」


「あ、えっと、・・・さっき休憩入っていいって言われたところで、その、」



一緒にまわりませんか、そう言うだけなのに。
今日はいつもより勇気が出なくて言葉が詰まっちゃう。



「それは良いタイミングですね、よければ僕と一緒に見て回りませんか?」


「は、はいっ!」



昴さんはすごい。私が言いたくて、でも上手くいえない言葉を分かってくれる。
その上で、昴さんのほうから誘ってくれたことが嬉しくて。


美香ちゃんの言った気にかけてくれてるっていうのは、こういうことなのかな。
沈みがちだった気持ちが軽くなって、



「あ、じゃあ、着替えて」

きます、

という言葉を遮って昴さんが歩き出そうとした私の腕を掴んで引き止めた。




「いえ、ここにいてもらえませんか?」


「え?」

唐突にいわれた言葉に戸惑っていると、


「せっかく可愛らしい格好しているんですから見て居たいんです」


「か、かわっ・・・!?」


恥ずかしげもなくそんな事を言われて、顔がぶわっと熱くなるのが分かる。
とっさに持っていたトレーで顔を隠すようにしたけれど、きっと昴さんにはバレバレ

くすくす、という笑い声がその証拠。


照れと恥ずかしさでいっぱいいっぱいの私とは真逆で余裕を醸し出している昴さんが、再度口を開く。




「本当に可愛いですよ、優さん」

ですから、もう少し此処に。


いつもは私が見上げるのに、今は昴さんが座っているから、私を見上げている昴さん。
普段は見られないその様子と、どこかおねだりのように聞こえる言葉が可愛くて。


そして追い討ちをかけられた私の羞恥心に、いつのまにか首を縦に動かしていた。






「はーい、お待たせしましたー!」


「み、美香ちゃん?」


どーもー、といって現れたのはホール用に仮装した美香ちゃんだった。
私の休憩の間、ホールをすることになったのかな。なんだか申し訳ないな・・・。


「気にしなくて良いからね?私は好きでやってるんだから!」


昴さんの向かいの席に腰掛けた私の前に、ケーキと紅茶を置きつつ言葉をかけてくれる美香ちゃん。
私の気持ちを見抜いて先手を打たれちゃった。



「でも・・・、」


「文化祭委員の菅原には許可取ったからさ!これは菅原からの奢りだよ、」


引き下がらない私に美香ちゃんはさらに続けた。
そうまでして時間を作ってくれた美香ちゃんの優しさを受け取るべきかな。


美香ちゃんも、菅原君も優しいなぁ。なんて私がクラスメートの優しさをじんわり味わってると、



「突然お邪魔しちゃってすみません、私、優の友達の小鳥遊 美香です!」


「いえ、ご丁寧にどうも。僕は沖矢 昴です」



二人で自己紹介を進めてしまっていた。
私から美香ちゃんの紹介をしようと思ったのに。


「知ってます、優からよく聞くんで!」


「ほぅ・・・、」


確かに最近はよく話してたかもしれないけど!

言わなくていい事を言う美香ちゃんに慌てて彼女の袖を引っ張って止めようとする。


「ちょ、美香ちゃん!!」


せっかく引いていた顔の熱がまた集まってくるのが分かる。
けれど二人は止まらなくて。



「どんな内容か気になりますね」


「えーっと、」


美香ちゃんの言葉に楽しそうに食いついた昴さん、
そして私の静止を聞こえない振りしてる美香ちゃんが答えようとする。


「美香ちゃんっ!!怒るよっ!?」


美香ちゃんに対して話してる昴さんのことは、かっこいいとか、頼りになるとか、
本人に言ったらすごっく恥ずかしいものばかり。


美香ちゃんに言われたら今後恥ずかしすぎて、きっと昴さんに会えなくなる
お店の邪魔にならない程度の大きな声で美香ちゃんを嗜めた


「あははっ、ごめんごめん、」

あとは本人に聞いてくださーい、


美香ちゃんは私に笑いながら謝った後、昴さんに一言かけてから他のお客さんのところへ行ってしまった。

もうっ!美香ちゃんも昴さんも私のことからかうんだから・・・・。
初対面なのに妙に息が合った二人にちょっとびっくりだよ。



私が少しむっとしていると、昴さんと目が合った



「とっても美味しいですよ、赤ずきんさんのケーキ」

りんごを使った自然の甘さですね、


そう笑いかけてきた昴さんの顔を見たら、
私の顔も自然と緩んで、じんわり胸が温かくなった。



ずるいなぁ、心の中でそっと呟いた。
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